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志賀泉の「新明解国語辞典小説」

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10/09/01

ねのほし

10/09/01

ねのほし【子(の)星】
〔全国各地、奄美方言〕北極星。

 根津三郎は名前のとおり根津家の三男だ。三郎が自分で自分につけたあだ名は「ねずみ」だが、誰も彼をあだ名で呼ばなかった。「ねずみ」と呼ぶには体が大きかったし、性格も真っ直ぐだ。要するに名字以外は、彼はちっとも「ねずみ」らしくはなかった。
 僕が子供の頃、根津家といえば町内で知らない者はなかった。大工の父、専業主婦の母の下に五男四女の子供がいる大家族で、大家族が貧乏というのはテレビが植えつけた安直なイメージだろうが、根津家は誰の目から見ても貧乏だった。父は働き者だが、こう次から次へと子供を作ったのでは出費に稼ぎが追いつかない。二間きりの町営住宅ではどうにも手狭で、解体した洋館から出た材料で勝手に子供部屋を増築したが、寸法の合わない部品を無理やり継ぎ接ぎした結果、建築のパッチワークとでも言うべき妙ちくりんな小屋に仕上がった。
「ねずみの巣だよ」と三郎は言った。「おれの家はねずみの巣だ」
 僕が根津家に初めて遊びに行ったのは小学五年の春。僕は転校してきたばかりだった。六畳の子供部屋はおしっこ臭い蒲団が敷きっぱなしで、幼い弟と妹が取っ組み合い転げ回っていた。誰がどの蒲団という決まりはなく、それぞれが適当な場所で掛け布団をかぶり勝手に寝るという。
「ねずみの巣」とは言い得て妙だが、三郎の言い方は自嘲とか卑下とかいう生やさしいものではなく、はっきりした憎しみが込められていた。五年生くらいになれば、親が何をすれば子供ができるのかいちおうのことは知っている。子宝と言えば聞こえはいいが、要するに親が節度を知らないのだ。
 僕はマンション住まいの一人っ子で、おまけに親が離婚して母と二人暮らしだから、三郎の家はなおさら凄絶なものに思えた。
きょうだいどころか僕は父の顔も知らない。根津家にくらべれば僕の家など無菌室に等しい。僕は無菌室で実験的に飼育されている何かだ。三郎は決して気の合う友だちではなかったが、それでも頻繁に三郎の家へ遊びに行ったのは、つまり家族に憧れていたからだと思う。大勢のきょうだいと取っ組み合ってふざけ合うのは愉快だった。
 猫の額みたいな庭をつぶして小屋を作ったものだから洗濯物を干す場所がない。三郎の父は屋根の上に物干し台を作った。低い屋根が集まった町営住宅の一帯で、嫌が上でもそれは目立った。十一人分の洗濯物が屋根の上にひるがえる景色は壮観だ。生きてるぞ、と空に向かって高らかに謳っているようなものだ。
「船みたいだ」物干し台に上り、僕は感激した。「まるで大漁旗だ」
「大漁旗が重くて沈没するかもよ」僕の興奮とは反対に、三郎は苦い顔をしていた。
 そのころの僕は、金持ちとか貧乏とかを価値判断の基準に持たなかった。それは僕が、その中間あたりの家庭環境で育ったせいかもしれない。母はキャリアウーマンだ。根津家はたしかに貧乏だったが、きょうだいが多いぶん僕の家にはない豊かさがあった。たぶん僕は無邪気すぎたのだろう。
 あれは中学生になってからのことだ。同級生とおしゃべりをしていて、三郎の家を説明するのに、うっかり「ねずみの巣」と言ってしまったことがある。三郎は怒り、放課後に僕を通学路で待ち伏せし、殴った。僕の頬を拳で殴ったのだ。僕は混乱した。僕を殴らなければ気が済まなかったくらい、三郎は深く傷ついていたのだ。殴られた痛みより、そっちのほうがショックだった。
「ねずみの巣って、最初に言ったのは三郎じゃないか」
「自分で言うのと他人に言われるのとじゃわけが違う」三郎は足下に唾を吐いた。「俺は好きこのんであの家に生まれたわけじゃねえんだ」
 胸を衝かれた。「好きこのんであの家に生まれたわけじゃねえ」のは、僕が自分の家に対して抱いていた感情だったからだ。
 この出来事で僕が学んだ真理がひとつある。それはこういうことだ。
「人間は誰でも、自分は不当な運命を強いられていると考えている」

 町内で根津家が有名だったのは貧乏のせいばかりではない。根津家のきょうだいはみんな優秀なスポーツ選手に育った。
 たぶん、運動能力に秀でたDNAが一族の血に組み込まれていたのだろう。しかしそれ以上に、彼らには体を鍛えなければならない切実な理由があった。特待生に選ばれて学費を免除されるのでなければ、上の学校に進めなかったのだ。勉強はきょうだいそろってからきし駄目だったから、スポーツに賭けるしかない。それに、スポーツ特待生のために合宿所をもうけている学校も多い。要するにみんな、一刻も早く自分の家を出たかったのだ。
 僕と三郎は小・中学校と同級生だったが、高校までいっしょになるとは思ってもみなかった。私立大の附属高校で、レベルは高い。僕はふつうに試験を受けて入学したが、三郎は柔道の実力を買われて特待生に選ばれた。三郎は中学生の全国大会で準々決勝まで勝ち進んだ実績があるのだ。
「頑張ればオリンピックの強化選手にだって選ばれる」入学式の日、三郎は異様なくらい目を輝かせていた。「ねずみの巣から出て世界に行くんだよ」と。
 生まれつき自分の背中にはしっかりと、日の丸が縫いつけられてあるとでも言い出しそうだった。
 ところで、その附属高にはもう一人、根津家のきょうだいがいた。三郎のひとつ上の姉、長女の敏子だ。彼女は陸上部のスポーツ特待生で、女子棒高跳びの県記録保持者だった。
 僕は彼女を通して、根津家のもうひとつの一面を知ることとなった。それは、性的に早熟ということだ。
 入学早々、敏子はわざわざ一年生の教室にやって来て僕を捜し出し、声をかけてきた。久し振りで会った彼女は極端なショートヘアで、精悍な目をしていた。まるで獲物を狩りに来た肉食獣だった。そう、僕は恰好の獲物だったのだ。次の週の日曜日、僕は敏子に誘われて二人で映画を観て、帰り道、有無を言わせずホテルに連れ込まれた。
驚くべきことに、彼女は高校二年生にしてセックスの熟練者だった。初体験は十三歳だと聞いてまた吃驚した。十三といえば僕が自慰を覚えた歳だ。
「血は争えないのかもね」と敏子は言った。「本能のままなのよ」
 一瞬ひやっとした。敏子が僕の子供を欲しがってると思ったからだ。
「でもあたしは親ほど馬鹿じゃないから。これからって時に妊娠なんてしてられない」
 彼女は完璧な避妊を要求した。僕はもちろん初体験だ。キスをするのも服を脱がすのも全裸を見るのも避妊具をつけるのも、何から何まで初めてだった。
 敏子は合宿所から学校に通い、もちろんトレーニング漬けの毎日だから、自由時間といったら日曜日の夕方くらいしかないのだが、その貴重な時間を使って僕たちはデートを重ねた。敏子とのセックスはまるでスポーツだった。アクロバット的な体位を二人で編み出しては挑戦し、最後はバーを飛び越えるようにして興奮の極みに達した。
 今になってあの当時を振り返ってみると、僕は敏子の肉体に溺れたというより、彼女の母性に憧れたのだと思う。子供のころから九人きょうだいの長女として、家事を手伝ったり幼い者の面倒をみたりしてきたのだ。逆に僕の母なんかは、母親であるより一人の女性であることを望んでいた人だ。初めて敏子の鍛え上げられた裸体を目にした時、少々大袈裟な表現かもしれないが、光り輝ける伝説の母神像に出会った気がしたものだ。
 だから、そんな敏子が自分の家を、三郎と同じく「ねずみの巣」と言った時は、少なからずショックを受けた。「ねずみの巣に比べたら合宿所は豪邸よ」と。
「僕は根津家のあの騒々しさが好きなんだけど」僕は言った。「なんか、本当に人間が生きてるって気がして」
「聞いたふうな口きかないでよ」敏子はぴしゃりとはねつけた。「センチメンタルなドラマのセリフみたい。ただ珍しかっただけのくせに」
「たしかに珍しかった。でも好奇心だけで遊びに行ったのは最初だけだ。僕はあのきょうだいの一員になりたかったんだ」
「あんたに何がわかるの? あたしの望みはね、どこかのお金持ちと結婚して、東京の近くに大きな家を買って、一人か二人くらい子供を産んでのんびり暮らすの。車はドライブ用と買い物用と二台あって、週末には友だちも呼んで芝生の庭でバーベキュー大会を開くの。そのためにも、陸上で有名にならなきゃ駄目なのよ」
 僕は悲しくなった。敏子が思い描く夢はとても陳腐で、何の取り柄もない女の子が抱きそうな玉の輿願望だ。そんな下らない夢のために厳しいトレーニングに耐えているなんて、とても信じられなかった。
 でも僕は根津家が好きなんだ。そう言おうとして、口を噤んだ。
結局、僕は他人なのだ。どんなに僕が好きだと言ったって、好きな理由そのものが、当の本人にとっては嫌悪でしかない場合もあるのだ。僕は敏子からも真理を学んだ。それは「いくらセックスを重ねても人と人は分かり合えない」ということだ。

 高校生になって三郎はひと回りも体が大きくなった。もともと、他の何を節約しても食糧だけは不自由させないというのが根津家のモットーだったが、合宿所での気兼ねのいらない食事が三郎をさらに大きくした。
 一年の時はさすがに補欠だったが、二年生の秋には正選手に選ばれ、国体に出場して活躍した。三郎は期待のホープになった。このまま順調にいけば、僕といっしょに上の大学へ上がれるはずだった。
 しかし、思わぬ事故が三郎の夢を奪った。その年の暮れ、練習中の怪我で脊椎を傷めてしまったのだ。手術を終えて退院した時は、柔道のできない体になっていた。三郎は合宿所を出て自分の家に戻った。
 退部をすればスポーツ特待生の資格も失う。最後の一年分の学費くらいなんとかすると親は言ったが、問題は成績だ。スポーツ特待生だから勉学は免除されていた。今までなら、答案用紙に自分の名前を書けば合格点をもらえた。これからはそうはいかない。授業中に居眠りばかりしてきたのに、いきなり試験で及第点をとれと言われても無理な話だ。
 高校二年の三学期、三郎は肩身の狭い思いで学校に通った。傍で見ていても、気の毒を通り越して痛々しいくらいだった。柔道を止めることは、学校に在籍する理由を失うことなのだ。僕の知る限り、誰もそのことで彼を白い目で見たりはしなかった。少なくとも彼自身を除いては。挫折感に加えて彼を苛んでいたのはつまり、一種の被害妄想だった。
「大ねずみ、柔道やめたらただのデブ」
 教室の隅に見つけた落書きに三郎は怒り狂った。放課後、三郎のクラスメイトに呼ばれて彼のクラスに駆けつけた時、三郎は教壇に立ち「犯人を殺す」と怒鳴り散らしていた。彼を怒らせた落書きを探した。予想していたとおりだ。三郎本人の筆跡だった。
「三郎!」僕は大声を出して彼の注意を惹いた。「落ち着けよ、いっしょに帰ろうぜ」
 冷静を装って歩み寄った僕の鼻先に三郎のパンチが飛んできた。ブン、と睫毛に風圧を感じた。
「邪魔すんじゃねえ」三郎は僕の胸ぐらを掴んだ。
 しかし、その十数分後には、帰りの電車の中で僕は三郎と肩を並べていた。
「それにしてもあの落書き、傑作だったな」
 僕は三郎の反応を見た。三郎は憮然とした表情で肩をすくめた。
「そうだよ、俺が自分で考えたんだ」
「暴力事件を起こせば退学になれると考えたんだ。違うか?」
「大した推理だ」
「推理も何も、三郎の考えることは昔から単純なんだよ」
 三郎は吊革に掴まったまま、僕の後頭部を肘で小突いた。どうやら本当だったらしい。
「悲観的になるなよ」僕は続けた。「今度の試験くらい先生は大目に見てくれるさ」
「試験の点数が問題じゃねえ。これは、つまり、俺のプライドの問題なんだ」
「そのプライドで自分の首を絞めちゃ、元も子もないんだがな」
 電車を下りてからも、僕は三郎の家の前までいっしょに歩いた。根津家を見るのは久し振りだった。妙ちくりんな子供部屋も昔のまま、屋根の上の物干し台も、そこに並ぶ洗濯物も、昔のままだった。
「ねずみの巣に逆戻りだ」三郎は物干し台を見上げ溜め息をついた。「人数は減っても、みんな体がでかくなって、むさ苦しいのなんのって」
 彼の心境を思うと僕まで胸が締めつけられる。けれど、同情では誰も救えないのだ。
 自分の努力ではどうにもならないことってある。いや、人生はどうにもならないことの連続で、自分の努力で変えられる範囲なんて、本当は些細なものなのだ。その些細な変更だって、いつ覆るかわからない。
 何が人の運命を決めるのだろう。人の目に見える領域なんて、薄っぺらな表面でしかない。その裏に何が隠されているかなんて誰にもわからない。それでも生きていくしかないのだ。なぜって、それが自分の人生だからだ。どうしようもなく自分の人生だからだ。

 それからもいろいろあったけれど、結果を先に言えば、三郎は高校を中退した。学年末テストを終えたその日に、退学届を先生に提出した。表向きの理由は「どうせ勉強しないのに親に学費を出してもらうのは申し訳ない」だが、本当はやっぱりプライドの問題だったのだろう。
 この問題では敏子からたびたび相談を受けた。(言い忘れたが、彼女は上の大学への進学が決まっていた)。一時は「退学するかしないか」の選択が「自殺するか親を殺すか」の選択に発展して大騒ぎだったのだ。それもしかし、退学でようやく決着がついた。
 三郎が退学届を提出した夜、敏子から電話で呼び出しを受け、自転車に乗って根津家に走った。敏子はパジャマの上にジャンパーを羽織り、玄関先で僕を待っていた。
「試験明けでお疲れのところ本当に悪いんだけど、あれ、慰めてくれる?」敏子は屋根の上を指差した。「家族が説得しても下りてこなくて」
 僕は吃驚した。物干し竿に、先を輪っかにしたロープが下がっていたのだ。
「あ、あれは気にしなくていいから」敏子は顔の前で手を振った。「あれはただのポーズだから。あんなのに三郎がぶら下がったら、首が絞まる前に物干し竿が折れちゃう」
「わかった、物干し竿を折らないよう説得してみるよ」
 三郎は物干し台の隅でうずくまっていた。背中を丸めて、体がやけに小さく見えた。三郎が小さく見えるなんて初めてだ。
「カラスでも捕まえようってのか」僕はロープの輪っかに片手をくぐらせた。
「姉貴に呼ばれたのか」三郎はばつの悪そうな顔をした。「そいつはただのブランコだ」
 僕は三郎の隣に座り、深刻めいた話をしたわけではない。ただ、この物干し台を船に見立てて、幼いきょうだいといっしょに海賊ごっこをした思い出を語っただけだった。
「あれは海賊ごっこじゃなかった。ピーターパンごっこだ」三郎は訂正した。
「似たようなもんだろ」
「同じなもんか。俺はフック船長の役でおまえはピーターパンの役だ。いつだっておまえはいい役をさらっていったんだ。フック船長の最後、おまえ覚えているか?」
「さあ、どうだったかな」
「海に落ちてワニに食われるんだよ」
 僕は息を詰めた。三郎の口調は本当に憎々しかったのだ。本心では、三郎はずっと僕を憎んでいたのかもしれない。
 目の前に下がったロープをあらためて見上げ、戦慄が走った。これは敏子が言うようなポーズじゃない。冗談めかしておきながら、実は必死でサインを送っているのだ。
 僕の心を見透かしたのか、「自殺なんかしねえよ」三郎はさらりと言った。「逆だよ。親を殺そうと思った」
「本気で?」
「結局のところ、俺たちはねずみの巣から抜け出せないんだ。親がいる限りはな。運命みたいなもんだ。ねずみの親玉がいる限りは縛られっぱなしだ。だからさ、自由になりたいんだったら親を殺すしかないんだ。きょうだいを親から解きはなって、ばらばらにしてやるんだ」
「殺せば自由になれるのか。逆だろ。永遠に縛られ続けるぞ」
 しばらく、三郎は沈黙していた。黙って夜空を見上げ、「北斗七星が見える」と、いきなり話題を変えた。「星空を見るなんて久し振りだな。北極星はどれだ?」
「先端の星の間隔を下のほうに五倍延ばす。だから、たぶんあれだな」
「北極星はねずみの星だって、おまえ知ってた? 古典の授業で先生がそう言ったのを俺、珍しく聞いててさ。北極星は子の星、ねずみの星なんだって。ま、十二支でたまたま北の方角がねずみってだけで深い意味はないんだけどな。でも感動したよ俺は。北極星は星の王者だろ。だって、他の星はみんな北極星を中心にしてぐるぐる回るんだ」
「ああ、その話は僕も聞いた。北斗七星のあの形は、古代のある民族では、柄杓でなしに船にたとえられていたって。北斗七星の船が北極星の周りを永遠に航海するんだ」
「じゃあ俺たちは、物干し台の船で北を目指そう」三郎は言った。「北極星を入り口にして、夜空の向こう側に突き抜ける。一点突破だ」
 物干し台の上には二時間もいただろうか。半分は黙って、星を見上げていただけだ。こういう言い方はありふれているかもしれないが、星を見上げる時、僕たちは星に見下ろされてもいた。遠い星から見れば、地球上の人間なんか蟻塚に群棲する蟻みたいなもので、いやもっとちっぽけな細菌に等しくて、誰が誰でもいいようなものだ。なのに、なぜ僕は僕であって他の誰でもないのか、なぜ三郎は三郎であって他の誰でもないのか。こいつは大きな謎だ。なぜ、それぞれにそれぞれの運命があるのだ。
 それぞれの運命を決めるのはいったい誰なのだ。僕らは運命に振り回されながら生きている、弱っちい存在だ。抵抗すれば手痛いしっぺ返しが待っている。それでも、僕が僕であるためには、抵抗を続けていくしかない。人生とは運命への抵抗そのものだ。僕は僕という人生を通して、僕自身を作り上げていくしかないのだ。
「そろそろ下りるか」三郎は腰を上げた。「これでようやく気がすんだ」
 それから、「いろいろ悪かったな」と僕を振り向いた。
 ロープを外して地上に下りると、敏子は洗濯機にもたれてうたた寝をしていた。

 三郎は高校を中退し、ラーメン屋で働き始めた。地元ではけっこう人気のあるラーメン屋だ。働きながら自己資金を貯めていつか自分の店を持つのだと三郎は夢を語った。
 敏子は大学生になると上級生と付き合いだし、僕とは疎遠になった。まあ、それはそれでいい。僕にしても、あの精力的なセックスは過去の思い出にしておきたかった。
 翌年、僕は大学に進学し、なんやかんやあったが四年後に無事卒業した。今は不動産会社に勤めている。根津家の家は、町の再開発計画とかで町営住宅すべてが取り壊され、消滅した。現在、跡地には団地が建設中だ。三郎は一人でアパート住まいをしている。
 仕事で夜遅くなるとたまに三郎のラーメン屋に寄り、ビールを飲みながら話をする。アルバイトから始めた三郎が、今では店長だ。
「俺の店の名前、『北極星』にしようと思うが、どうだ?」
 三郎は自分の店の構想をいろいろ話すのだが、店名はころころ変わった。
「北極星? 長距離トラックの運ちゃんが集まりそうな店だな」
「いいじゃん。行列のできる店より、そういう店のほうが本当にうまい店なんだ」
 三郎の頭の夜空では、今でも北斗七星の船が北極星の周りを巡っているのだろう。
 ところで、僕は三郎に言わないでおいたことがある。古典の先生の話には続きがあった。
 古代人の宇宙観では、夜空はドームの形をしており、その外側に光り輝く神の国がある。北極星は、こちらの世界からあちらの世界に通じる小さな小さな穴なのだ。北斗七星の船は死者の魂を乗せて北極星の周囲をめぐり、やがてその穴を抜けて神の国に入る。死者の魂は神と溶け合って一体になるのだ。
 でも、本当は神の国などないだろう。夜空の向こうにあるのはたぶん、空虚だ。僕たちの船はいつか北極星を抜けて空虚の世界に入るのだ。空虚がどういうものか、僕にはわからない。目に見えるのは空虚の世界から漏れ出る光の美しさだけだ。僕たちは、星の光の美しさを信じて生きるしかない。
 いずれ僕は、北極星の秘密を三郎に語ろうと思う。今はまだその時じゃない。じゃあ、どういう時が来たら語れるのかというと、それはわからない。でも、いつかきっと、語れる日が来ると信じている。
(参考文献 『沖縄の宇宙像』松居友著 洋泉社)


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ねこみみ

10/09/01

ねこみみ【猫耳】
耳あかが柔らかで、近づくと少しにおう状態(の耳)。

 おや、見かけねえ顔だな。新参者かい? おめえだよ。隠れてねえでこっち来な。
 小僧、いつからそこにいた。ひとの縄張りに入ってくる時は挨拶くらいするのが筋ってもんだ。
 親の躾がなってねえ。親の顔が見てえもんだって、そう言いたいところだが、まあ無理か。おめえさんだって親の顔を知らねんだろ。わかるんだよ。人間に育てられたやつはそういう匂いがする。乳臭さがいつまでも抜けねえんだ。
 ここいらじゃ見かけねえ毛色だが、おめえさん舶来かい? どこから来た? トウキョウ? ふん、知らねえな。それは鉄橋のこっち側かい、あっち側かい?
 そうびくびくするな。誰も取って食ったりしねえよ。取って食おうにも、ほら、おいらの歯はガタガタさあ。歳はとりたくねえな。これでも昔は、棍棒みてえなカツオブシだって食いちぎったもんだが。鮭だって一匹まるごと、くわえて歩いたこともあったんだ。あん時は大変だったよ。魚屋のおかみが包丁振り回して追っかけてきてなあ。小僧も気をつけな。下駄をはいた女を見かけたら近づかねえこった。
 小僧、取りあえずその、おっ立てたシッポを寝かせたらどうだい。そういうのを見てるとおいら、落ち着かねえんだ。ここいらはおいらの縄張りだが、よそ者を追い出そうなんて狭い了見は持ってねえ。うろつきたいなら好きにしていい。寛容がおいらの信条だ。ただし小便はするな。いいか、絶対にだ。こう見えてもおいらは紳士で通ってる。手荒な真似はしたくねえ。だからな、小便がしたくなったらできるだけ遠くへ行け。それさえ守ってくれたら、後はおめえさんの自由だ。
 ふん、今朝から髭がムズムズする。こういう日は決まって雨が降るんだ。ほら、見てみな。ツバメが低く飛んでるだろ。覚えておけ、雨雲が近づくとツバメはあんな飛び方をする。若かった頃は草むらにひそんで、地面すれすれに飛んでくるツバメに飛びついて仕留めたもんだ。そうさ、昔はおいらもノラだったからな。
 おめえさんも捨て猫だろう。違う? いいや、捨てられたんだ。なんだい、そんな顔するない。嘘と思うなら、そのへんの匂いを嗅ぎ回ってみな。知った匂いがあったか? 嗅いだだけでほっとするような匂いが。寂しくなる匂いばっかりだろ。
 小僧、それがなにより証拠だ。

 そう鳴くな。自分を憐れむな。ノラの世界じゃ、自分を憐れむ者から死んでいくんだ。小僧、自分は特別だと思いたいんだろう。誰でも初めはそうだ。ついさっきまで王子様でいられたんだ。しかしな、ここは、要らなくなった王子様の捨て場だ。今までどんな可愛い名前で呼ばれていたが知らんが、捨てられちまえば名前は消える。誰も彼も、ノラだ。どんな血筋だろうと、呼び名はひとつ、ノラなんだ。
 ここんところ、おめえさんみたいなのがポイポイ捨てられる。それというのも、おいらのこんな姿が、ひょんなことでテレビに流れちまったからだが。この町は猫にやさしいと勘違いした人間が、わざわざ遠くからやって来て捨てていくのさ。「にゃんこちゃん、みんなに可愛がってもらうのよ」ってな。
 ところがどっこい、やって来るのはホケンジョさ。ホケンジョだよホケンジョ。ああ、知らんか。気をつけな。あいつらに捕まると生皮はがされてシャミセンにされちまうからな。いや、シャミセンがどんなものかは知らん。なんでも、シャミセンにされた猫は死んでも鳴き続けるって話だ。つまり、死んでも救いはないってことだ。
 嘘じゃあねえよ。おいらもホケンジョに捕まったんだ。シャミセンにされる一歩手前まで行ったんだ。
 それから、何がどうしてこうなったんだか、今じゃあ駅長だ。
 さびれた駅の人気者。ネクタイしめて無人駅の親玉だよ。帽子だけは、うっとうしいから拒み通したがな。
 人間ってのはつくづくわからんものよ。おいらみてえな年寄りをアイドルにしちまうんだからな。おかげさま、改札口にこうして座ってりゃあ黙ってでも食い物が手に入る。饅頭だろうが沢庵だろうが、人間の食い物はたいてい食えるようになった。寒かろうが暑かろうが、ここにいるのがおいらの仕事さ。おかげですっかり足腰が弱っちまった。
 いや、見た目ほど楽じゃねえよ。クソガキに頭をぽんぽん叩かれる。髭を切られた時なんか、しばらく自分を見失ってた。鼻にワサビを塗られた日にゃあ七転八倒で死ぬかと思ったね。そうそう、人間のガキには気をつけな。あと、酔っぱらったオヤジ。若い女だって油断ならねえよ。
 なぜ逃げないかって? さあなあ。宿命って言ったって、小僧にはわからんだろう。つまりな、おいらは、いるべくしてここにいるんだ。なぜいるんだか自分でも説明できねえよ。それでもいるっていうことは、やっぱり宿命なんだ。
 駅長になったのはたまたまさ。好きでやってるわけじゃねえ。前はここの駅も人間が駅長をしてた。その駅長がいなくなったから、代わりにおいらが駅長になったんだ。前の駅長がどうしてるか、おいらは知らん。おおかた、電車に乗って旅に出たんだろう。いつまでも電車を見送るばっかりじゃあつまらないからな。
 切符バサミを持って遠くに行ったんだよ。
 小僧、なにをそんなにじろじろ見やがる。
 ああ、おいらの耳か。最近耳だれがひどくってな。臭えって評判だ。こうなると、おいらももう長くはねえ。時々、腐った脳味噌が溶けて流れてるんじゃねえかと思うよ。
 この傷かい? 人間に切られたんだよ。薄くて柔らかい、体のどこより敏感なおいらの耳を、パチンだ。そりゃあ痛かったさ。耳の先から尻尾の先まで痺れたね。全身の毛という毛がピンと逆立ったまんま、しばらく元に戻らなかったくらいだ。
 でもな、こいつのおかげでおいらは駅長になれたんだ。つまり、この傷がおいらの宿命そのものなんだよ。

 老猫は思い出す。
 老猫は四年前まで、前の駅長の家で飼われていた。
 その前は野良猫だった。魚屋のおかみに捕まり下駄で踏んづけられ、そのまま保健所に連れて行かれたが、処分される寸前で、うまい具合に引き取り手が見つかった。それが前の駅長だった。
 駅長には幼い娘がいた。猫を飼いたいと娘にせがまれ、ペットショップへ行くより先に保健所へ直行したのだ。保健所には血筋のよさそうな猫が何匹か保管されていたが、駅長が選んだのは雄の茶トラだった。野良猫というのが気に入った。餌代が安く済むからだ。名前はそのままノラにした。ノラはねこまんま以上の餌を要求しなかった。足りなければ鳩でも鼠でも自分で狩った獲物で腹を満たした。食いきれなければ駅長の家族に分け前を与え、彼らを小躍りさせた。
 駅長の家で飼われていた数年は、ノラにとって最も心安らぐ日々だった。
 しかし、娘が中学生になった頃から、家の様子がおかしくなり始めた。家の中から娘の気配が消えた。娘が消えると家の中は黴臭くなった。時々は現れ、いっとき華やいだ空気に染まるのだが、しばらくするとまた消えた。その繰り返しのうちに、家の中はしだいに汚れていった。
 帰ってくるたび、娘の匂いが濃くなった。病院の裏のゴミ捨て場で同じ匂いを嗅いだことがある。どう言えばいいのか、鼻の奥からげんなりしてしまう匂いだ。
 ある時から、娘の顔そのものが変わった。頭がつるんとなり、眉毛も消えた。ぜんたいに浮腫んで人相が違ったから、初めは娘だと気づかず得体の知れんやつが来たと警戒し奥へ引っ込んだ。呼ぶ声を聞いて娘と知ったが、やはり近寄りがたかった。
 頭を撫でる手のひらは以前の通りにやさしかった。それでもノラは落ち着かなかった。込み上げる不安の正体がノラにはわからなかった。できれば逃げ出したかった。しかしノラは元野良猫のわりに義理堅い猫だった。娘に撫でられるのを責務と感じ、娘の膝でじっと目を閉じていた。
 人間の喜怒哀楽がノラにはわからない。腹が減れば悲しい。敵に遭遇すれば怒る。ノラの知っている喜怒哀楽はそのようなものだが、人間の喜怒哀楽はそれと少し違うようだ。
 娘に頭を撫でられるとノラは悲しくなった。なぜ悲しくなるのか、そんな必要がどこにあるのか、ノラにはわからなかった。
 ある日、座敷にたくさんの花が飾られ、四六時中、煙がただよった。嫌いな匂いなのでノラは座敷に寄りつかなかった。物陰から覗くと黒熊みたいなのが何頭ものそのそ動いていた。彼らの頭の上で娘がひらひらと踊り、ノラに気づくと寂しそうに手を振った。娘は裸足のまま縁側から外に出て行った。それきり、二度と戻らなかった。
 家の様子は荒れてきた。それというのも、駅長の奥さんが何にもしないからだ。一日、縁側に座ってぼんやり外を眺めてばかりだ。膝に上がろうとすると邪険に払われた。家の内と外と区別がだんだんつかなくなり、次々に湧いてくる虫を捕まえるのにノラは余念がなかった。食ってみたら腹をこわした。こりごりしたが、それでも、這い回っているのを見ればつい手が出てしまうし、捕まえればついつい食ってしまうのだ。
 ある日、猛烈に腹をこわして、つい茶の間で粗相をしてしまった。奥さんが鬼のような形相で追いかけ回した。手に触れた物を片っ端から奥さんは投げつけた。奥さんに腕力があったらテレビだって投げつけただろう。ひらりひらり、かわしながらノラは逃げた。猫同士の戦闘と比べたら奥さんの攻撃などダンスみたいなものだ。しまいに奥さんは縁側から転げ落ち、額を血だらけにして泣き崩れた。
 駅長はノラを外に連れ出し駅で飼い始めた。ノラの縄張りが駅に変わった。駅で働いているのは駅長一人だったから、誰も文句は言わなかった。駅長は一人で切符を切り、電車が来れば旗を振り、切符を受け取った。昼飯はそば屋の主人が自転車で持ってきた。そば屋の主人は年来の宿敵だが、駅で見る主人はたいていエビス顔だった。それどころか、ふやけた煮干しやエビのシッポを餌皿に置いていってくれた。何か魂胆があるようでもなかった。
 ある朝、久し振りに奥さんを見た。大きなスーツケースを手に、駅にやって来たのだ。奥さんは顔がやつれて別人に見えた。匂いもおかしかった。
 奥さんは待合室のベンチに座り、ノラを膝に抱いて駅長と長いこと話していた。奥さんの手はひどく乾いていて、背中を撫でられるたびパチパチ火花が散った。ノラは恐ろしい予感がしたが、なぜか逃げようとは考えなかった。
 奥さんの手に、いつから切符バサミが握られていたのかわからない。それは駅長の宝物で、誰にも触らせなかったはずなのだ。
 とにかく、駅長が離れた時、チャキチャキいう音を聞いて首を上げたら、奥さんの目が吊り上がっていた。なぜか、腐った魚の匂いがした。殺気を感じた時は遅かった。奥さんの指がノラの右耳をつまんだ。逃げる暇もなかった。激痛が走りノラは跳び上がった。奥さんがノラの耳を、切符を切るように切符バサミで切ったのだった。
 後も見ずに逃げ出したから、それからのことはわからない。わかっているのは、切符バサミで切られた跡が、ノラの右耳に四角く残ったことだ。肉球に触れる耳の感じで、それはわかった。
 ノラは自分が切符にされた気分だった。だから旅に出た。切符を切られた者は旅に出る。誰に教わったわけではないが、それが宿命なのだ。
 旅の間に幾多の冒険があり、何度か死地をくぐったが、それは省く。長い旅をへて駅に戻ってみると、駅長の姿がなかった。駅そのものがひっそりとして、さびれた感じになっていた。それでも時間がくれば人は集まり、電車が来れば改札口を抜けてホームに出ていく。改札口に駅長は立たなかった。誰も切符を切らなかったが、それでもかまわないらしかった。
 旅に出ている間に何が起きたのだろう。駅の変化と、右耳の傷とは、何か関係があるのだろうか。
 ノラはためしに、改札口に跳び上がってみた。改札口には一部、木の板で台になっている箇所があり、これが大変座り心地がよろしいのだ。以前なら駅長にこっぴどく叱られたものだが、今では誰もノラを叱らなかった。どうやらノラは、右耳を切符のように切られたことで、改札口に居座る資格を得たらしかった。
「まあ賢いのね」と、ノラはたびたび誉められた。猫撫で声をかけられると吐き気をもよおしたが、じきに慣れた。おだてに乗らず猫としての気高さを保つには、要するに相手を軽蔑しさえすればいいのだ。 
 ノラが新しい駅長に就任したのはそれから間もなくのことだ。おかげでノラは有名になった。全国に猫駅長は何匹もいるが、切符のような耳を持った猫はノラしかいないのだ。
 駅に人がいなくなると、ノラは丸くなって居眠りをした。たまには元駅長やその奥さんや娘の夢を見る。三人が長い旅を終え、そろって電車から降りてくる夢だ。三人とも切符は持っていない。ノラが切符そのものだからだ。

「なあ、小僧」とノラは言った。小僧、と呼ばれた捨て猫はピンと尻尾を立てた。
 今は夏だからいいが、おめえさんのような小僧が冬を越すのは大変さあ。おめえさんはまだ冬を知らんだろう。大変なもんだよ。ほら、あそこらへんの茂みはみんな枯れて、木の葉も落ちて裸んぼうになる。獲物は減る。夜は長い。雨に濡れりゃ骨の芯まで凍えちまう。おいらは嫌になるくらい子猫の死体を見てきた。冬を越せるのは三匹いたら一匹くらいのもんだ。まだピンと来ねえか。そりゃあそうだ。冬の辛さは経験してみないことにはわかりっこねえ。
 しかしな、おいらは勘でわかるんだが、おまえさんは人間に好かれそうな毛色をしている。顔つきも賢そうだ。おそらくいい血筋なんだよ。うまく振る舞えば人間に可愛がってもらえるかもしれん。
 どうでえ、ここに上ってみる気はないかい。変な顔をするない。縄張りを譲ってやろうっていうんだ。そうさ、早い話が、おいらの代わりに駅長になるんだよ。いいや、親切心なんかじゃねえ。おいらはもう疲れたんだ。そろそろ死に場所を探して旅に出てもいい頃だ。
 さあ、上がって来な。おめえさんのような小僧にじっとしてろというのは酷かもしれんが、なあに、四六時中ってわけじゃねえ。肝心な時にいさえすればいいんだ。そのへんのコツはおいらが教えてやる。まあ、最初のうちはいっしょにいてやるさ。おめえさんはおいらの横にいるだけでいい。おいらの耳が臭えのは我慢するこったな。おめえさんがうまくやれるようになったら、おいらは潔く消えていくよ。
 ただしな、おいらがここにいる間は、ここはおいらの縄張りだ。小便はよそでしろ。いいか、絶対にだ。

(注 梶井基次郎『愛撫』から着想を得ています。「私は子供のときから、猫の耳といふと、一度「切符切り」でパチンとやつて見度くて堪らなかつた。これは残酷な空想だらうか?」 筑摩書房版全集一巻より)

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ぬれつばめ

10/08/02

ぬれつばめ【濡(れ)燕】
①雨に濡れたツバメ。②雨中にツバメの飛ぶ様子をかたどった模様。

 これも異常気象なのだろうか。めったに雨の降らない国で豪雨に見舞われた。
 列車は峡谷の村で停止した。真夜中のことだ。目を凝らしても窓の外は漆黒の闇。窓を伝う雨のしずくだけが車内灯に照らされ銀色に光った。
 今朝、隣国の空港で飛行機を降りた時から雨はぱらついていた。雨季なのかな、そう軽く考えていたが、列車が国境線を越えてから雨の降り方は尋常でなくなってきた。線路の片側に連なる岩山の地肌を、文字通り削り取るほどの激しさだった。
 深夜、峡谷の村に停車したまま列車は動かなくなり、乗客がざわめきだした頃、車掌が客車を回り状況を説明していった。しかし私には車掌の言葉がちんぷんかんぷんだ。たぶん土砂崩れだろうが、雨に乗じて山岳ゲリラが蜂起したとも考えられる。言語のわからない異国でこうした場面に遭遇すると、想像は悪いほうへ悪いほうへ傾いていく。
 車掌の言葉を英語にして私に伝えてくれたのはアメリカ人だった。不安そうにしている私を遠くから見て、わざわざ通路を歩いて教えに来たのだ。幸いにして、英語なら少しは理解できる。
「土砂崩れです。列車はとうぶん走りません。その代わり、バスを回してくれるそうです。明日の昼までには着くでしょう。明日中に、我々を首都に送り届けてくれる予定です」
「信じてもいいのでしょうね」意味もなく腕時計を覗き、私は肩を落とした。
「この国に確実なことなどありません」彼は窓の外を指さした。「道路がどこも崩れていないと誰に断言できますか。この国で楽観を語れる人は、現実を見ていない人です。傘を持っていない人に限って、たいした雨ではないと言い張るものです」
 私の英語の能力は怪しいものだが、ニュアンスは間違えていない。肝心なのは、穏やかな微笑に反して、彼の口調には、この国への憎悪がひそんでいたことだ。
「私は、建国三周年を祝うセレモニーに招待されています。このぶんでは間に合いそうにありません」
「あなたは大学教授ですか?」
「とんでもない。私は詩人です」
「それは素晴らしい。私は宣教師です。五年前、紛争のどさくさで私の仲間が殺されました。その土地を見に行きます」
「危険な旅ですね。どうかご無事で」
「あなたも、どうかご無事で。あなたに神のご加護がありますよう」
 宣教師は皮肉でもなさそうに指で十字を切ったが、言葉は空疎だった。彼の仲間を殺したのはおそらく、私を招待した政府の軍隊なのだ。
 長い内戦をへて三つに分裂した国のひとつに、詩人が初代大統領に就任した国がある。驚くべきことに、詩人が尊敬される国が世界にはまだ残っているのだ。もっとも、彼は民主主義を標榜しているが神輿に担がれているだけで、実際は軍事政権だという評判だ。
 その国のことは正直、よく知らない。建国三周年式典に世界中から詩人が招待され、日本人代表がこの私というわけだが、なぜ私なのか、腑に落ちない。なぜ私なのだ。
 それにしても、「私は詩人です」などと、恥ずかしげもなくよく言えたものだ。日本で「詩人」といえば、変人か生活不適応者を指す言葉だ。私が抵抗詩人だったのは三十年も前の話で、今では毒にも薬にもならない詩しか書かない。

 夜が明け始めると、退屈した乗客たちが雨に濡れるのもかまわず外に出て行った。外に何があるわけではなかったが、少なくとも広々とした空間だけはあった。
 その村がなんという村か知らない。言葉の通じない村で名前を知ってもどうにもならない。駅にプラットホームはなく、乗降口から直接地面に飛び下りるしかなかった。着地の瞬間、砂利に足を取られて前のめりに転び、水たまりに手をついた。顔に泥水をかぶったが、気の毒な東洋人を誰も笑わなかった。女も子供も器用にぽんぽん飛び下りていた。みんな遠くばかり見ていた。
 朝明けの光に雨脚のひと筋ひと筋が白い。雨は垂直に降り注いだ。地球の引力そのもののような雨だ。叩かれて、叩かれて、これではまるで、何かの罰みたいだ。
 灰褐色の村に人影はなかった。どの家も乾燥地らしい煉瓦作りで、雨に打たれて濡れそぼった姿がどこか無惨だった。家が雨ざらしになるのは当たり前なのに、その当たり前がここでは普通でなく、いかにも雨ざらしといった景色なのだ。
 たくさんの乗客が列車から降りたはずだが、人の姿が村に見当たらない。不思議だが、不思議と思うのは二流詩人の勝手な感傷で、どこかに旅人を迎える集会所があり、そこで温かいお茶でも飲んでいるのかもしれない。ざっと見、そんな親切な村とは思えないが。
 紐に吊された洗濯物がずぶ濡れだ。荷車の下に隠れて、痩せ細った犬が恨めしげな目を向けている。雨に煙る小麦畑も、石垣で囲った牧草地も、寒々として痛々しい。いったいここはどこなのだ。ここはまるで、地球のかすり傷みたいな場所だ。
 道路標識があるが、日本では見たことのない奇妙な記号だった。その下に書かれた文字はなおさらわからない。もちろん、この標識が何を意味するのか見当もつかない。

 村の外れに聖堂のような建物があった。
 建物の中にも雨は降っていた。石畳の床が雨をはじき、水飛沫を無数に散らしている。これも内戦の爪痕だろうか。ドーム型だったはずの屋根に大きな穴が開き雨空が見えた。堂内が暗いせいか、鉛色のどんよりとした空が不思議なくらい明るかった。
 壁画はほとんどが削り取られている。顔の部分は特に念入りにえぐり取られている。祭壇もない。燭台もない。椅子もない。がらんとして、空洞だ。
どんなむごい意志が、ここで働いたのだろう。沈黙が深すぎて、うまく想像できない。
 妙な物を見つけた。壁に鉄の輪が取り付けられている。なんだろう、あれは。
確かめようとして壁に寄った。拷問具か処刑器具に思えた。
 人の気配がして振り向いた。アーチ型の扉が片方だけ開いた入り口に、人影がシルエットになって立っていた。ぎくりとして、もう少しでホールドアップをするところだった。村の秘密を見てしまったと思ったのだ。
 しかし、人影から敵意は感じられなかった。よく見れば十四、五歳の少女だ。
 ほっとしたのも束の間、「ダンッ」と銃声が響いて反射的にホールド・アップした。紛争は終わったはずだが内情はわからない。少女の兵士がいないとは限らないのだ。
 しかし銃声ではなかった。なんてことはない、バスケットボールが弾んだ音だった。少女はバスケットボールを手にしていた。石壁に音が鋭く反響して銃声に聞こえたのだ。両手を上げたままの私が阿呆みたいだ。
 少女は無言のまま、ダンッとまたボールをバウンドさせた。私のことなど見てもいなかった。少女はボールを放った。ボールは私の頭を越えて放物線を描き、鉄の輪の内側をくるんと回り、はじき返された。
 拷問具か処刑器具に見えたのは、バスケットボールのリングだった。ネットがないので気づかなかった。目を凝らせば反対側の壁(つまり祭壇をすべて取り去った跡の壁)にも同じようなリングがあった。
 信じられなかった。かつての神聖な祈りの場所が、そのままバスケットボールのコートになっているなんて。迫害された信者にとって、そして神(もしそういうのがいれば)にとって、これほどの屈辱があるだろうか。
 ボールが床に転がる。少女は小走りに駆け寄ってボールを拾った。ドリブルをして反対側の壁に走り、リング下でジャンプする。シュートは外れた。彼女が履いているのは薄汚れた運動ズックだ。黒いショールをまとっているが、民族衣装だろうか。動きにくそうだが、雨の降り注ぐ堂内の中央を、激しく水飛沫を立てながら突っ切っていく。まるで濡れ燕だ。
 私が目に入らない代わり、彼女には仮想の敵チームと味方チームがいるらしく、彼女の動きは明らかに、見えない敵の防御をかいくぐる動きで、時にはパスをするように左右の壁にボールを投げ、はね返ったボールをキャッチしてリングに走った。
 ジャンプ力は素晴らしかった。思わず見とれたくらいだ。思い切りよく床を蹴って、背筋をぴんと伸ばし、一瞬、空中で制止する。指からボールが離れると、彼女は地上に引き戻される。シュートは決まったり外れたりした。どちらだろうと、彼女の表情は変わらなかった。
 いかなる経緯でここにバスケットコートが作られ、彼女は練習に励むのだろう。コートを往復するたび濡れていく彼女の姿に、冒しがたい神聖なものを感じた。ジャンプし、着地をすると、黒いショールがしずくを散らした。飛翔を試みては落ちる燕のようだ。
 言葉はなく、堂内にボールの弾む音が重く響く。紛争に巻き込まれた村で彼女が何を見、何を乗り越えてきたか知らない。しかし、この響きこそ雄弁だ。ボールの響きが死者の魂を呼び覚ます。ボールの響きで死者と語らう。地球の中心にまで届きそうなこの響きに比べれば、詩の言葉のなんと貧弱なものか。
 ボールが転がり、雨が降り注ぐ中央に来て止まった。彼女は肩で息をつき、ゆっくり歩いて雨の中でボールを拾った。ボールを両手で抱き、水たまりに足を浸して空を見上げる。彼女はそのまま、屋根に開いた穴を通路にして、空へ吸い込まれていきそうな姿だ。
 雨の外に出て、彼女は初めて気づいたというように、私に眼差しを向けた。
 あなたは誰? どうしてここにいるの? そう問いかけるように、ダンッ、ダンッとボールを床に叩きつけた。
 私は何者なのだろう。答えが見つからなかった。ボールを貸してくれと言う代わりに、私は両手を前に差し出した。彼女はためらい、ボールを抱いたまま、黒い瞳でじっと私を見つめ返した。

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ぬえ

10/08/02

ぬえ【鵺】
①渡り鳥であるトラツグミの古称。②夜、無気味な声で泣き渡ったという怪鳥。〔源頼政ミナモトノヨリマサ〕が禁中で射た怪獣は、頭はサル、からだはタヌキ、手足はトラ、尾はヘビ、泣き声は「ぬえ①」に似ていた所から、後世正体不明の存在を指した。

 その酒場には深夜の一時から明け方の五時までいた。
 ぱっとしない酒場に集まるのは、ぱっとしない客ばかりだ。おまけに雨。明け方の雨は頭が重くなる。客は愚痴をこぼして店を出ていき、わたし一人、止まり木に残された。
 どうも、この街とは相性がよろしくなさそうな。昨夜遅く着いたばかりだけど、見切りをつけるなら早いほうがいい。
 この街はあきらめよう。そう決めて、足下のバッグを膝にのせた時、ドアが開いた。
 雨音がざああっと鼓膜をたたき、水の匂いが流れ込む。振り向くと男が立っていた。黒い雨合羽を頭からすっぽりかぶって、びしょ濡れの鳥に似ていた。大きな、黒い鳥。フードの透明なひさしがくちばしに見えた。
 一瞬どきりとしたが、マスターが「ガッチャマンのお出ましかい」と軽口をたたいて、男が「似合うなんて言うなよ」と応じて、それで馴染みの客だとわかった。
 フードの下から現れた顔が、猛禽類を思わせて眼光するどい。けわしい顔のまま、「行け、行け行けガッチャマン」とアニメソングをくちずさみ、しずくを飛ばしながら雨合羽を脱いだ。
 蒸れた汗の匂いの下から、ケモノの匂いがふわりと広がった。
 獣医なのかな。いちばん奥の止まり木に座った男の横顔を、そっとうかがった。獣医にしては顔が精悍すぎる。前髪から雨のしずくをぽたぽた垂らして、拭き取るハンカチも持っていない。
 男はカレーとビール注文した。
「あいにくカレーは品切れた」マスターは澄まし顔で言った。
「この店、カレー以外に食えるものがあんのかよ」
「ナンだけでいいなら焼くけど」
「それでいいや。タバスコをかけりゃカレーっぽくなるだろ」
「あの、わたしも」わたしはすかさず口をはさんだ。「ナンにタバスコ」
 ものを食べる時、男は無口になった。一人で食事をするのに慣れた人だ。それは雰囲気でわかる。丸めた背中に影が濃くなる。
 外に出ると小雨になっていた。男は雨合羽を肩で羽織った。わたしはひりひりするくちびるを舐めながら、勝手に男の後をついて歩いた。
 コンクリートの塀に沿ってゆるゆるの坂道が続いた。高い塀だ。その上に有刺鉄線が張りめぐらされてある。塀の向こうはうっそうとした森。木の実みたいなのが歩道に落ちて紫色につぶれていた。時おり、鳥の鳴き声が聞こえた。朝のさえずりなんてしおらしいものじゃない。甲高い、叫ぶような声だ。むかし観た外国の映画で、人間の赤ん坊をさらっていった鳥が、あんな鳴き声だった。
 男がふり返った。わたしはどきりとしたが、とがめる目つきではなかった。
「なんでついてくんの?」醒めた声で男は尋ねた。
「泊まるところがないの」わたしは答えた。
「もう朝だけど」男は少し笑った。「泊まるもなにも」
 わたしは空を見上げ、肩をすくめた。
 男はアパートに住んでいた。木造で、木の階段がみしみしいった。どう考えても獣医の住むアパートではない。裸になっても男はケモノ臭かった。汗ばむとよけい匂った。男はタフではないし、スゴ技もなかったが、まじわっている時間は濃密だった。

 ヤドカリ、というのだそうだ。わたしのような人を。
 そうわたしに教えたのは単身赴任の銀行員だった。彼とは一ヵ月同居した。
 人から人へ、宿を借りて歩くからヤドカリ。
 高校を卒業して、就職は決まっていたのに家出した。それからずっと行き当たりばったり、出会った男と同居しながら日本を転々としている。同居の期間は三日の場合もあれば、数ヵ月間におよぶ場合もある。愛人になるのとは違う。同居すれば相手の男と当然まじわるが、関係が粘ついてきたなと思ったら出ていく。
 愛とか恋とか、よくわからない。男がそういうことを口にしだすと、あぶなくなる。眼の色が変わる。
「こんなことをしていて、そのうち殺されるぞ」と、よく言われる。
 それは純然たる忠告と違う。忠告のふりをした欲望の表明だ。やたら親切だったり、やさしかったり、情の深い男はあぶない。向こうから言い寄ってくる男は避ける。相手が気づかないうちに、いつの間にか居座ってしまうくらいが理想だ。
 いろんな男と同居していると自分がなくなる。相手に合わせていくうち、自分の中身がからっぽになっていく。それはある意味で楽だが、ある意味で苦しい。その苦しさに知らん顔して、平気で自分をなくしてしまえるのでなければ、こんな生活は続けられない。

 その男は獣医なんかではなかった。「動物園で働いてる」と彼は言った。
 まじわって、ひと眠りして、昼過ぎに起きだして、またまじわって、メシを食いに外に出て、近所の蕎麦屋に入った。男はビールと鴨南蛮を頼んだ。わたしはとろろ蕎麦。
「しいく係?」わたしはうずらの卵を割る。箸でとろろと掻き回す。
「いや、夜間警備」男はビールをグラスに注ぐ。
「動物園って、この町にあるんだ」男はわたしのグラスにもビールを注ぐ。
「あるよ。つうか今朝、近くを通ったろ」
「あ、あの壁がそう」合点がいった。あの鳴き声は動物園の鳥だったんだ。
「二人一組で、かわりばんこに、監視カメラを見張ったり、園内を巡回したり。敷地が広いから、歩くのけっこう大変」
「どおりで。ケモノ臭いと思った」
「そんなに匂うか」彼はTシャツの襟を引っ張ってくんくん嗅いだ。「夜の動物園って匂いが濃い。動物は小屋に入って檻はどれもからっぽだけど、みんな一生懸命マーキングしてるだろ、けっこう匂う。姿はないのに、いかにもいるぞいるぞって感じで」
 夜の動物園って不思議な場所だ。彼の話を聞いて思った。動物がいなくなった檻や岩山に、動物の気配だけが濃い影になってうろついている気がする。動物って、姿が見える時よりも見えない時のほうが、存在感は濃いのかもしれない。
 彼はこの町の生まれだった。高校生の時、親が仕事の都合で遠くへ引っ越し、彼だけが残ったそうだ。
 彼はわたしのことを何も尋ねなかった。名前だけ聞いて、それで終わりだった。
 わたしの名前は少々変わっている。常識的な親ならまず付けない名前だ。名前のおかげでずいぶん損をしてきた。名前が変だと人格まで変だと思われる。変わった子と思われたくなくて、ふつうでいようとつとめてきた。でも、ふつうを演じようとして、かえってふつうでなくなった気がする。いまでは、ふつうがわからない。
 彼は、わたしの名前に特別な感想を持たなかった。ふうんと鼻を鳴らしただけだった。年齢も出身地も訊かなかった。わたしが誰でもいいみたいだが、そういう軽いあしらわれ方が、逆に心地よかった。
「あっち行くと動物園のゲート」
 蕎麦屋を出て、三叉路に来て彼は一方向を指差した。道の先に虹色で塗りたくられたアーチがあり、いろんな動物の人形がごてごて飾られていた。
「目玉の動物っている? コアラみたいな」
「コアラはいないけど、四不像がいる」
「シフゾウ。なにそれ?」
「頭はウマで角はシカ、体はロバで、それからええと、ひづめがウシ。四つの動物が組み合わさって、とらえどころがないから四不像」
「それって鵺みたいなもの?」
「ヌエ?」
「頭はサルで、体はタヌキ、手足はトラで、しっぽはヘビの動物」
「空想の動物だろ。四不像は世界的に見ても数が少ないんだ」
「鵺は雲の上に住んでて、夜になると気味の悪い声で鳴く。知ってた?」
「知らねえ」
 それで会話は切れた。わたしの空想の鵺が、糸の切れた凧みたいに飛んでいった。空はどんよりと重く曇っていた。
 アパートに戻って、またまじわって、テレビを見たりうだうだ過ごしているうち夕方になって、牛丼屋で豚丼を食い、彼は仕事に出かけた。
 いろとも帰れとも言わなかったから、わたしはいることにした。
 脱ぎっぱなしの服でとっちらかった部屋だ。初夏なのにセーターまで混じっていた。特に趣味はなさそうだった。ちょっと整理をすればがらんとしてしまいそうな部屋だ。何が楽しくて生きているのだろうと、首をかしげた。
 汚れた衣服を集めていて、女の人の写真を見つけた。女子高生だ。かわいい。むかし付き合っていた彼女かも。でも、こんなかわいい子がこんな汚い部屋にちょこんと座った光景は、ちょっと想像できない。誰だろう。妹でもなさそうだ。畳の上に落ちていた百円玉を何枚か拾って、近くのコインランドリーへ洗濯に行った。
 コインランドリーの壁に「この人さがしてます」のポスターが貼ってあった。白黒コピーの、手作りっぽいポスターだ。この町の女の子が行方不明になった。十七歳の女子高生だ。学校の帰りに忽然と消えたらしい。
 さらわれて、海に沈められたか、山に埋められたか。そう思うと可哀想になった。でも考えてみれば、わたしの両親にとってはわたしだって行方不明者なのだ。
 こんなふうに、わたしの写真があるポスターが、家の近所に貼られているのだろうか。それは嫌だ。そのポスターを見た人はやっぱり、わたしが海に沈められたか山に埋められたと考えるのだろう。想像しただけで寒気が走った。
 行方不明の女の子がわたしに似ているようで、顔を寄せてよく見たら、似ても似つかなかった。でも確かに見覚えはあり、どこで見たのだっけとよく考えたら、さっき彼の部屋で見つけた写真の女の子だった。うそ?
 どきどきしてきた。どうして彼の部屋に行方不明の女の子の写真があるのだ。
 衣服を洗濯機に突っ込み、彼のアパートに戻って女の子の写真を拾い、コインランドリーに取って返して写真の子とポスターの子とを見比べたら、やっぱり同一人物だった。なぜ? なぜなのだ。
 アパートに帰って、押し入れの中を探ってみたのは、まさか女の子の死体が出てくると思ったわけではない。そんな、サスペンス劇場みたいな展開、あるわけない。
 古着ばかりを詰め込んだダンボール箱の後ろから出てきたのは(なぜかこの部屋にはやたら古着が多いのだ)、八本のPコーラだった。どれも未開封。しかも賞味期限が五年前に切れている。
げっ! 五年前。わたしは高校生だ。驚くとか呆れるとかを通り越して、戦慄が走った。
 翌朝帰ってきた彼に、なぜ五年前のPコーラがあるのか尋ねた。本当は女の子の写真のことを尋ねるべきだろうが、怖くて訊けなかった。
「あ、まだあったんだ」彼はさらっと言った。Pコーラの景品の、特製ヨーヨーの応募シールが欲しくて大量に買った、その残りなのだった。
「箱買いして、飲んでも飲んでも減らないから途中で飽きて」
「そんなにヨーヨーが欲しかったの」
「当時はやってたんだよ」
 そうだろうか。五年前、どこの世界でヨーヨーなんてはやったのだろう。
「そのヨーヨーいまもある? 見せて」
「ねえよ。一個も当たんなかった。大損した」
「Pコーラ、捨てればいいのに」
「食べ物を捨てたらバチが当たる。腐ったら食べ物でなくなるから腐るまで待つ」
「もう腐ってるよ」
「そんなかんたんに決めつけんなよ」
 彼は栓を抜いて一気飲みを始めた。止める間もなかった。
「Pコーラってこんな味だっけ」彼は大きなゲップをした。「薬みてえな味。成分が化学変化したのかな。でも毒じゃなさそう」
「なさそうって」
 彼は押し入れに首を突っ込み、残りのPコーラを奥に戻した。どう言ったらいいのかわからないが、常識では計り知れないところのある男だ。
 女子高生の失踪事件と五年前のPコーラと何の関係があるかというと何もない。それはわかるが、論理を超えたところでわたしは彼を怪しみ、背中がぞくぞくした。

 彼と初めて会った酒場へ行く途中の、長い坂道に並んだ電柱の一本一本にも女子高生のポスターは貼られていて、夜になると街灯にしらじら照らされた。塀の向こうで鳥がぎゃあぎゃあ騒いだ。塀を越えて動物園の森が夜空に黒々と盛り上がり、鳴き声は夜の闇に奥行きを与えた。安っぽい小説ではないけれど、あの中にいる彼が、異界の住人みたいに思えた。
 彼女が最後に目撃されたのはこの坂道だった。ポスターを作ったのは彼女の両親で、重要情報の提供者には百万円を差し上げると書いてあった。警察はきっと、ろくな捜査をしてないのだろう。
 殺人事件とは死体が見つかって初めて殺人事件になるので、そうでなければただの失踪事件だ。日本には失踪者が十万人はいるらしいが、その中でどれくらいの人間が殺されているのだろう。怖い話だが、わたしの親が捜索願いを出していたら、わたしだって十万人のうちの一人だ。
 彼が彼女を殺したとは考えにくい。でも何らかの関係があったことは確かで、そんな男となぜ同居を続けているのか、自分がよくわからなかった。
 酒場で待っていると、明け方に彼はやって来た。彼の体からはやはりケモノの匂いがした。いろんなケモノの匂いが混じり合って、彼こそが四不像なのかとも思ったが、何者かわからないという意味ではわたしも同じだ。彼が四不像なら、わたしは鵺だ。
 アパートに帰って、何者かわからない同士、まじわった。声を出していると、部屋の壁がどんどんと鳴った。隣の住人が怒っている。わたしの声は筒抜けなのだ。うるせえ、うるせえ、うるせえ。拳が狂ったように叫んでいる。恥ずかしかったが、彼が止めないのでわたしは声を出し続けた。

 そんなふうに数日が過ぎた。
 夜の動物園に、わたしも入ってみたかった。そこは廃墟じみていながら、生き物の匂いのむんむんする場所で、明け方、仕事を終えた彼とまじわるたび、わたしは彼の匂いを通じてそのような場所を想像した。それはクマの巣穴に手を差し入れて毛皮を撫でるのに似た、ぞわぞわする快感だった。
「そりゃ無理だ」彼は断った。
「どうしても駄目?」
「そんなことしたら一瞬で首を切られる」
 彼は親指で自分の喉元を掻き切るしぐさをした。指の動きがリアルで、なまめかしかった。背筋がぞくっときて、わたしは彼に殺されたいのかなと思った。
 こんな生活がいつまでも続くわけがなくて、いずれ行き詰まるのは目に見えてるから、ぼろぼろになる前に誰かに殺されれば楽だと、心の隅ではいつも考えていた。でも深刻ぶるのが嫌いなので、欲望に見て見ぬふりをしてきたのだ。
 彼の部屋にあった写真の謎は、ある日、いともかんたんに解けた。謎でもなんでもなかったので、拍子抜けしたくらいだ。
 その夜、例の酒場で彼を待っていたら、常連客たちが失踪した女子高生の話を始めた。
 テレビでたまにやる、霊能力者による捜査は信用できるかどうかという、論じ合うのも馬鹿らしくなる話だ。でもみんな真剣なのが不思議で、「消えた女の子の知り合いなんですか?」と訊いたら、「そうよ。ここの常連の一人娘でさあ」と答えが返った。
「警察なんて当てにできないから、俺たちで捜してやろうって捜索隊を作って、写真を焼き増ししてもらってさ。その写真を見せて回りながら、目撃した人はいないか探したんだけど、無駄だったね。ドラマみたいにはうまくいかないもんだよ」
「あ。もしかして○○君も捜索隊に入ってました?」○○君とは、彼の名前だ。
「○○は昼間が自由だから貴重な戦力だったよな」。「貴重なわりに使い物にならなかった」。「写真をどっかになくしたとか言って、それっきりだもんな」
 ははは。気が抜けて笑うしかなかった。あははは。現実ってこんなもんだ。

 明け方、いつものように彼が店に入ってきて、いっしょに外へ出たが、わたしは彼の魅力が薄れているのに気づいた。なんだか、どこにでもいるふつうの人だった。
 でも、だとしたら、わたしはいままで彼に、何を期待していたのだろう。なぜふつうでは物足りないのだろう。「期待はずれ」から始まる恋があってもいいのではないか。
「ゆうべ、巡回していて気づいたんだけどさ」歩きながら彼が言った。「夜の動物園に入るのは無理だけど、ほんの一部なら覗けるポイントがある」
 彼はわたしを連れて歩道橋を上った。そこから樹木越しに、動物たちの檻や岩山なんかが見え、水銀灯の光に、アスファルトの通路がほの白く浮き上がっていた。
「あれがキリンで、そっちがシマウマで、手前に鳥舎が並んでいて、孔雀なんかもいる。孔雀は見た目きれいなくせにすげえ声で鳴く。いちど昼間の動物園を見てみろよ」
「ねえ、あそこの道も巡回するんでしょ」わたしは指差した。
「する。くまなく巡回する」
「あっちからこの歩道橋、見えるかな」
「こっから見えるってことは、あっちからも見えるってことじゃねえの」
「じゃあ約束して。今晩、時間を決めてさ、わたしがここから合図を送るから、それが見えたら○○君はあっちから合図を返して」
「まあ、それくらいなら、時間割りを調整すればできないこともない」
 歩道橋の手すりにもたれて、彼はくつくつ笑った。
「なにか可笑しい?」
「いや、案外子供っぽいこと思いつくんだなあって」
「わたしはペンライトを持って、こうやって振るから。ぜったい見つけてよ。見つけなかったら、ただじゃすまないから」
 わたしはコンサート会場で観客がよくやるように、腕を大きく振って見せた。
 動物園に人影はなくて、動物の姿もまだ見えなくて、鳥の鳴き声だけが聞こえた。
 わたしは盛んに腕を振ったが、応えてくれる者は誰もいなかった。

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にげみず

10/07/15

にげみず【逃(げ)水】
夏の草原やアスファルト道路などで、遠くに水があるように見え、近づけば、遠退いて見える現象。

 逃げ水については、あまり書くことがない。
 子供の頃、逃げ水を見るのが好きだった。と、これだけで良さそうな気がする。
 大人になった今でも好きだ。事情が許すなら、いつまでも眺めて、きっと見飽きない。
 なぜ好きなのか、問われても困る。あれが蜃気楼だという知識くらいあるから、格別に不思議とは思わない。
 たぶん、逃げ水という現象だけでなく、逃げ水が現れる状況、つまりかんかん照り、乾いたアスファルトの道、静かな気配、それに加えてぼうっと立っている自分もひっくるめて、全体が好きなのだと思う。
 逃げ水を見ている時の自分は、だいたいぼうっとしている。暑さにやられてぼうっとした目に逃げ水が見えてくるのか、逃げ水に心を吸われてぼうっとしてしまうのか、どちらとも言えない。気がつくとぼうっとしている。
 逃げ水が好きというより、逃げ水を眺めている時の、心がからっぽの状態が好きなのだろう。夏の光に炙られながら、遠い一点をじっと見つめていると、空気が希薄になり、景色が平板になり、物音が遠くなる。気を失いかける直前の感覚に近いものが、現れる。

 今日も逃げ水を見た。
 地下鉄丸の内線の四谷三丁目駅を上がると、新宿通りと外苑東通りが交わる交差点に出る。交通量の多い新宿通りに比べると、神宮外苑に向かう外苑東通りの道はたいてい空いていて、真昼時となると、やたら幅の広い道がすっからかんになることもある。
 朝方、その交差点の横断歩道を渡った時には、逃げ水はなかった。
 正午を過ぎて陽射しがきつくなり、汗ばみながら、同じ横断歩道を逆向きに渡っていると、神宮外苑のほうから救急車のサイレンが聞こえてきて、振り向いたら、陽の照り返しで白っぽくなった道に、逃げ水が現れていた。警告灯の光を逃げ水に映しながら、救急車は逃げ水を踏んで走ってきた。
「おっ」と心の中で思う。思っただけで口には出さない。
「救急車が来る」と、いっしょに歩いていた同僚に見たままのことを言うが、逃げ水のことは黙っている。同僚も「そうだね」としか言わない。同僚の目に逃げ水が見えているのかわからないし、たしかめようとも思わない。
 一般に人は逃げ水が見えてもそれを口にしない。なぜなのだろう。
 たとえばこれが、砂漠の地平線に浮かぶオアシスだったり、水平線の浮島だったりしたら、きっと話題にする。なんとなく得した気分になるからだ。なのに同じ蜃気楼でも、逃げ水に関してはみな黙っている。見ていないような態度をとる。
 ありふれた現象なのに、ことさら不思議がっているようで、大人げないと思われそうだからか。でも、子供の頃だって言わなかった気がする。なぜだか、口にしてはいけないような感じだった。

 文芸作品にも、逃げ水はあまり出てこない。少なくとも私は読んだ記憶がない。「逃げ水」は夏の季語だが、逃げ水を詠んだ俳句にいいものがない。追いかければ逃げるだの、逃げ水にあの世が垣間見えるだの、たいてい陳腐だ。
 夏の光の中で、目に見える風景が薄っぺらくなり、その中で逃げ水だけが妙にぎらぎらと、見ているこちらに切り込んでくる。あの鮮烈な感覚を、よけいな意味や象徴をともなわずに、そのまま取り出せないものか。
 芥川龍之介に『蜃気楼』という小説がある。あれは海の蜃気楼を見に行く話だ。芥川の精神が相当病んでいた時期の作品で、たしか、人の無意識には何があるかわからないとかいう内容の、つかみどころがない、無気味な話だった。あの小説は好きだ。たぶん、海、という舞台がよかったのだろう。

 見る、という行為は、ただ眼前の光景を見ているだけではなくて、脳に記憶されたいくつもの光景を重ね合わせて見ている。人は現在の光景を見ながら同時に、過去に見た光景も無意識に見てもいるらしい。
 逃げ水を初めて意識的に見た時のことを覚えている。何歳だったかは忘れた。うんと小さい頃だ。道の遠くのほうに水たまりみたいなのがあって、自動車がどんどん、それを踏んで走り抜けていくのに、タイヤの濡れた様子がないのを変だと思いながら見ていた。そのうち消えてしまったのも不思議だった。
 けれど不思議は不思議のままに受け入れて、あれは何だったのだろうと、深く考えはしなかった。それでなくても世界は不思議であふれていたから、ありのままを受け入れるので精一杯だった。
 あれが逃げ水という、光の屈折で起こる現象だと知ったのは、小学校五、六年生の時だったと思う。友だちの家にあった図鑑を読んで知った。掲載されていた写真まで覚えている。
 その頃、私は自転車でひとり、田舎道をあてもなく走るのが好きだった。
 ある夏の日、海へ向かうゆるい坂道を下っていて、前方にちらちら逃げ水が見えだし、ブレーキをかけた。両側を田んぼにはさまれた長い一本道で、彼方まで車はおろか人影もない。じっくり観察したいという気を起こしたのだが、見ているうち、自分があそこに立ったらどう見えるだろうと好奇心が湧いた。それで自転車を走らせ、逃げ水が現れていたと思しき地点で立ち止まったが、当然、逃げ水は消えている。
 自転車にまたがったままで、後ろをふり返った。さっき自分がいた地点に自分の視点を想定し、その目に自分がどう映っているか想像してみた。
 自分が自分自身から遠くなったような気がした。なんだか、自分が自分自身から突き放されてしまったような感じだった。
 でも、それは今だからこうして言葉にできるのであって、当時は何が自分を不安にさせるのかわからなかった。わからないまま、さっさとその場を離れたのだった。