10/03/04
そうきゅう【蒼穹】
〔「穹」は弓形になっている意〕「あおぞら」の漢語的表現。
峠に着いて空を見渡し、気圏とは地球を包む薄い皮膜なのだと実感した。
遠い山(やま)嶺(みね)のぎざぎざが白く光っている。その裏に、宇宙が透けて見えそうな深い青。
チベット人の祈りの旗がいまにもちぎれそうに風にはためく。ばたばた、ばたばた。旗の音が空ぜんたいに鳴り渡っている。
息が苦しく、頭もずきずきして、なにも思えない。なにを思うためにここまで来たのだったか。なにを思っても意味をなさない。からっぽになった体が、ばたばたばたばた、旗の音でいっぱいになる。僕の体が一枚の布になって風にばたつく。吹き荒ぶ風に、僕の細胞が切れ切れになって飛ばされてしまいそうだ。
ガイドに連れられたフランス人の親子と、途中までいっしょだった。「子供でも楽ちんで踏破できるコース」と聞いて高をくくった。この国に来てから下痢が続いて体力が落ちていた。「四時間もすれば戻ってくる」と、僕を置いていった彼らはいま、どのへんを歩いているのか。永遠に戻ってこない気もする。それならそれで仕方ない。
地球の空が初めて澄み渡った太古の昔から、人類が滅亡した後々の未来まで、すべての時間を青空はふくんでいるようで、そんな青空の真下にいると、生も死も、さして変わりのない現象じゃないかと、そんな気がしてくる。
青空は、さびしい。
青空がさびしいのはきっと、青空の下に立つと自分が世界の中心になるからだ。それがどうしようもない運命だからだ。
「青空ってきもちいい」
美奈子は言った。
昼休みに会社のビルの屋上に出た。それというのも、春男が100円ショップでプラスチックのバットとボールを買ってきたからだ。緑色のバットと赤いボールがひとつの袋でセットになっていた。
「座ってばかりだと足がむくんで」とこぼした美奈子に「昼休みに屋上で運動する?」と提案したのは僕だが、それを聞いて野球を思いつくのが春男の独特なところだ。ふつうならフリスビーとかバドミントンとか思いつきそうなものなのに。
僕と美奈子と春男は同じ課の同期だ。僕は彼らより五つ年上だが、歳の差はあまり意識しない。彼らも僕に対してごく自然にタメ口をきく。昼食は三人で同じ店に行くし、たまには仕事帰りに居酒屋へも行く。でも、休日を三人で過ごしたことはまだない。男二人と女一人でつるんでいれば、いつか三角関係になってごたごたが起こりそうなものを、恋愛の兆しも気配もないまま子供みたいに仲良くしていられるのは、最近の若い人の特性なのかと、僕は他人事みたいに思ったりする。
どうして僕はここにいるのだろう。時々、不思議になる。
「青空ってきもちいい」と、美奈子は思いきり両腕を横に広げて胸を張った。屈託なさそうに、目尻や口の端まで横に広げて、なんだかテレビのCMみたいだ。
青空の下に出て心が晴れ晴れとするのは自然な反応だ。東京の青空とチベットの青空はまるで違う。その下に立つと胸がきりきりするくらいさびしい青空があることを、美奈子は知らない。
「ねえ、今日の気温は四月上旬並みなんだって。うれしくない?」美奈子が言う。
「まだ一月だぜ。温暖化なんだよ、温暖化。ミナコがそうやって浮かれてる間に地球は滅びていくんだよ」春男は呆れている。
「私は寒いの苦手だから、温暖化でいい。冬なんていらない」美奈子が言い返す。
「冬がなくなるといろいろ困る人がいるんだよ」
「いいじゃん。私が地球をあっためてるわけじゃないんだから」
僕は笑って二人のやり取りを聞いている。
野球なんてするのは何年ぶりだろう。プラスチックのバットは空気みたいに軽い。力まかせに振ると、ブンと音がする。
春男が投げるボールを僕が打つ。転がるボールを美奈子が追いかける。僕は走り出す。一塁は給水塔だ。そこにタッチしてホームベースに帰れば一点になる。美奈子がボールを拾い春男に投げる。春男がそのボールを僕の背中めがけて投げつけ、僕はホームベース直前でアウトになる。
次は、美奈子がピッチャーで春男がバッターの番だ。僕は守備につく。美奈子は典型的な女投げで、ボールは山なりに弧を描いてしかも大きくそれる。春男はバットを構えたままボールを追いかけて打ち上げる。フライは上空で風に流されふらふらと落ちてくる。もう少しで金網塀の外へ落ちていくところだったが、ぎりぎりで僕はキャッチした。
「あっぶねぇー」春男が甲高い声をあげた。「ホームラン禁止だかんね」美奈子はふくれている。「つうか、原則フライ禁止。今度からマイナス一点」僕は、ホームベースにしゃがんでいる春男めがけてボールを放る。
次は、僕がピッチャーで美奈子がバッターだ。
「今度の日曜日に海行きたい」バットを肩の上に置いて美奈子がいきなり言い出す。「もっとだだっぴろい所で野球しようよ」
「海? なんでまた。さみいぜ」背後から春男の声がする。
「そんなことないよ。温暖化でしょ」「野球って言ったらふつう公園だろ」「いいの。いま頭にぱっと海がひらめいたんだから海なの」「鈴木って車持ってる?」「沖縄行きたい。沖縄の海」
二人は知らない。僕がここに入社する前の四年間、どこでなにをしていたか。履歴書には家業を手伝っていたと書いた。本当のことを書けばきっと拒否された。どんな会社だって僕を雇わない。会社どころか、どんな人も僕を拒絶する。
今朝の新聞に、かつての同志に死刑判決が下ったと記事が載っていた。
なに食わぬ顔して生きている僕のこの頭に、どんな異様なものが巣くっていたか、二人は想像もできないはずだ。
「沖縄は無理。無理っいうか無茶」「海って言ったら沖縄でしょ」「鎌倉はどうよ。大仏のそばに叔父さんの家あるから。なんだったら泊めてやってもいいし」「叔父さんの家って広い?」「おう。大仏だって住める。鈴木も来るだろ?」
急に名前を呼ばれて「行くよ」と答えた。それからボールを投げた。空振り。アンダースローでど真ん中に投げているのに、どうして空振りできるのだろう。
「ボールよく見ろよ」僕は言った。「バット短く持て」春男が言う。「これ以上短く持ったらバットなくなる」美奈子はふくれた。
暗い所で毎日、武闘訓練を受けていた。効率よく人を殺すための訓練だった。命令があれば親でも躊躇なく殺したはずだ。もし闇に葬られた第二作戦が決行されていたら、僕は実行犯になっていた。そのことを二人は知らない。教団が潰滅してから、洗脳を解くために僕がどこへ行きどんなことしてきたかも。僕は二球目を放る。一球目よりもゆるい球だ。鈴木はやさしすぎるんだよ、と春男はいつも言ってる。美奈子はまた空振りする。
やさしいのではない。からっぽなのだ。からっぽだから、ものにこだわらないだけなのだ。死ぬような思いで洗脳を解いて、頭の中から異様なものを追い出した。そこにぽっかり開いた空洞を指差して、みんなは「やさしさ」と呼ぶ。
三球目はジャストミート。美奈子はバットを放り投げて駆け出す。春男はわざとボールをお手玉し、手間取ってると見せかけて、広告塔にタッチして帰ってきた美奈子の頭にボールを当てた。アウト。
煙草を吸いに屋上に上がってきた社員たちが僕らを見てうすら笑いを浮かべる。「総務課だよ」と聞こえよがしの声。「お気楽だねえ」。
会社が人員削減を進めている。僕らだっていつ首を切られるかしれない。その不安は漠然とだが、いつも抱えているのだ。
不安を抱えることが生きることだと僕は思う。不安とは人間に授けられた恩寵だ。不安のない人間は人間でなくなる。武闘訓練を受けている間は不安のかけらもなかった。
頭にボールをぶつけたと言って、美奈子は春男に怒っている。
「信じらんない。女の子に」「わりいわりい。ぶつけやすい頭してっからさあ」「お返しに、顔の正面に思いきしぶつけてやるから」
鎌倉の海岸で野球をしたら楽しいだろうなと僕は思う。力いっぱいボールを投げて、遠慮なしにバットを振るって。おみやげに鳩サブレを買おう。総務課のみんなに一枚ずつ配って、残りは家に持ち帰って自分で食べよう。
バットをかまえる。ピッチャーは美奈子だ。相変わらずの女投げ。大きく山なりになって落ちてくるボールを、僕は見事なスィングで空振りする。
空の青が目に沁みる。あの空にボールが吸い込まれていくくらいのホームランを打ったら気持ちいいのに。打ってやろうか。誘惑にかられながらバットをかまえる。本当に、打ってやろうか。
チベット人の祈りの旗はタルチョといって、五色のハンカチみたいな旗だが、どれにも馬の絵が描かれている。祈りが風に乗って馬のように空を駆けめぐりますように、という意味らしい。僕には、風に乗せるどんな祈りもなかった。
フランス人の親子が歩いていった方向から、一人の老人がやってきて、「病気なのか。痛むのは頭か、腹か、足か?」と訊ねた。僕は現地の言葉を知らないが、ニュアンスでそれは伝わった。
「ノープロブレム」僕は英語で答えた。「ノープロブレム。ノープロブレム」
伝わったのかどうか、老人は笑みを浮かべてうなずいた。
老人はこの先の村から来たと言った。驚いたことに、僕が高山病で苦しんでいる、この場所よりさらに高い土地に人の暮らしがあるのだ。
老人は電話を借りに麓(ふもと)の町まで行くのだと、身振りをまじえて僕に話した。「必要なら助けを呼んでやろうか」
「ノー、サンキュー」と僕は答えた。
カトマンズへ出稼ぎに行った息子に電話をかける。そのためだけに半日かけて麓に下り、また半日かけて村へ引き返す。だいたいそのような意味のことを老人は語った。日本では考えられないが、老人にとってはさして苦にもならない日常の一部なのだ。
「ではご無事を祈ります」と、そんなことを言い置いて老人は坂道を下って行った。
それから数時間、フランス人の親子とガイドが引き返してくるまで、誰にも会わなかった。ごつごつした岩の大地にへばりつき、ひたすら青空を見上げていた。
僕は弱い。どうしようもなく弱い。その弱さを青空に開け放って、風に吹かれた。生きている、という感覚は、弱さの底からきりきりと立ち上がってきた。ガラスの結晶のような鋭さと、脆(もろ)さで。
生きることに意味なんてなかった。意味なんていらないとも思った。まるで無防備の、剥き出しになった命そのものを青空にさらして、そのひりひりする痛みを、ただ受け入れていた。
10/03/04
そらゆめ【空夢】
(1)見もしないのに、本当に見たかのようにこしらえて他人に語る夢。(2)現実世界の吉凶などにはかかわりのない夢の世界だけの夢。(3)空想。
ジャンヌ・ダルクは火(ひ)炙(あぶ)りで殺されたのではなかったかしら。
では、この断頭台は誰のものなの?
街の中心に石畳の広場があり、その広場の中心に石の断頭台がある。
囚人の首をあてがうためにくり抜いた石のへこみ。落ちた頭を受け止める石皿。流れる血を下水道に導くための溝。みんな、中世の遺跡だ。もう何百年も断頭台は使われていない。その証拠に、石の表面はさらさらに乾いて染みひとつない。石皿はくぼみに陽射しを受け止め、おだやかにぬくもっている。もう誰の首も待ってやしない。そんな歴史があったことさえきれいに忘れている。
街は広場から放射状に広がっている。七本ある街路はどれも直線で、ずっと奥まで広場の中心から見通せる。人の気配がない。しんと静まっている。
けれど、その静寂が徐々に実体を濃くしていく。静寂が、何かを待ち望んでいる。ある種の期待を街の中心へと集めていく。陽射しは、広場の中心から天空へと逆に立ち上っている。
「この子は精神を病んでるんです」
ガラスごしに母の声が聞こえた。「この子」と言いながら母の指は、テーブルに置いた絵を差していた。
事務室で母は男性と会話している。たくさんの絵を重ねて立てかけた壁。外国の本が並んだ書棚。散らかった茶封筒。紗奈江はギャラリーに立って二人を見ている。仕切りの壁のガラス窓から。
「病んでる」と聞いて、男性がちらと紗奈江を盗み見た。男性の目に映る自分の姿が怪物に変わった一瞬を、紗奈江は見逃さなかった。
「傷つきやすくて他人と関われないんです。もともとは頭のいい子なのに、中学の途中から学校に行けなくなって人並みの教育も受けずに終わっちゃったんです。でも、絵は天才だって西脇先生は誉めてくださいました。プロの画家だってこんなふうには描けないって。さすが審査員をなさる先生だけあって見る目が違います。わたし、そのお言葉に救われた思いでした。ええ、塞(ふさ)ぎ込むと一日中トイレに籠もって中から鍵かけちゃう子です。自殺未遂だって一度や二度ではありません。でもね、感性が鋭いせいか、そういう子が絵筆を持つと不思議な才能を発揮することは稀(まれ)にあるらしいんです」
紗奈江にはわからなかった。母は、どうして他人に病気のことを明かしたのだろう。
男性は困っていた。「ええ、紹介状は拝見しました。西脇先生にはわたし共も大変お世話になっております。たしかに西脇先生が推薦なさるだけあって面白い作品です」男性は手にした封筒で顔を扇ぐしぐさをした。「しかしですね、だからといっていきなり作品をお持ちいただいても、はいそうですかと買い取るわけにはいかないのです」
「二科展の入選作ですよ。そこらへんの日曜画家が趣味で描いた絵とはわけが違います」
「ですから、さっきも申し上げたとおり、公募展で評価された作品が市場でも評価されるとは限らないのです。あくまでも、買い手があって成り立つ世界ですから」
「中森明菜の絵は高く売れるんでしょう?」
「失礼ですが工藤静香のお間違いでは。彼女は二科展の常連ですし、芸能人の作品には付加価値があります」
「あんな素人くさい絵」母の顔がゆがんだ。「有名人の絵ならへたくそでも買い手がつくってことですか」
「絵画のうまいへたというのは微妙な問題です。要は好きか嫌いかですから。買いたい人が多ければ値段は上がります。市場とはそういうものです」
「娘は誰の手ほどきも受けずに自分の才能だけで描いてきたんです。有名になりたいとかお金がほしいとかでなしに、自分の心を表現するために、自分自身のために描いてきたんです」
「わかります。それでお母さまは、その絵をお金に換えたいと望んでいる」
紗奈江が病院で描いた絵だ。以前、紗奈江が入院していた病院にアトリエがあった。紗奈江は医師に芸術療法を勧められ絵を描き始めた。退院したいまも、週に二日は病院のアトリエにかよい創作を続けている。その絵を母は二科展に応募したのだ。入選のしらせに母は狂喜した。しかし紗奈江は喜ばなかった。自分の絵がどう評価されるかなんて、まるで興味がなかった。
美術館での展示が終わり、紗奈江は母に連れられて作品を引き取りに行った。たくさんの知らない人に挨拶して回り、疲れた。母はその日のうちに作品を売るつもりでいた。そのために審査員の先生をつかまえて紹介状を書いてもらい、教えられた画廊に赴いたのだ。母は紗奈江をギャラリーに置いて事務室に入り、オーナーと交渉を始めた。しかし、母の思惑どおりには交渉は進まないようだった。
ギャラリーでは個展がひらかれていた。「かなき そら展」とあるが、かなきそらという人がどういう人かわからなかった。若いのか年寄りか、男か女かもわからない。画家本人もいないし、来客もなかった。紗奈江は事務室が見えるガラス窓を離れ、一人で絵と向き合った。
病院のアトリエで患者が描く絵は、色彩が騒がしかったり、極端に暗く沈んでいたり、素材がグロテスクだったりするが、この絵は逆だ。静かで、平明で、淡々としている。外国の街らしい。いや、空想の街か。異国の街と言ったほうがしっくりくる。とにかく、ひとつの街を描いた連作だ。
あ、これってわたしの街だ。そう、紗奈江は思った。思った瞬間、ぐんと絵の中に引き込まれた。石の街だ。石畳の路地、石造りの家。石の広場。路地の向こうに水平線。人はいない。こんなに石ばかりで、がらんとして明るい。影がなくて、変な明るさ。ひとつひとつの石が陽にぬくまって、安らかだ。この街で生きているのは人ではなくて、石そのもの、みたいな。
強烈な既視感。他人の空想の街なのに、見覚えがある。どうして知ってるのだろうと記憶をまさぐり、夢の中だ、と思い当たった。夢の中でわたし、この街を歩いている。その証拠に、この角を曲がった先に何があるかちゃんとわかる。ほら、やっぱり。石の小便小僧。おしっこの枯れた小便小僧。
みんな、夢で見ている。目覚めと同時に忘れるだけ。でも、記憶にないからといって街が消えたわけじゃない。忘れた夢だって頭のどこかに存在してる。引き出しの奥に隠した手紙みたいに。
「わたしだって、はいそうですかと帰るわけにはいかないんです。わたしのことを金の亡者とお思いかもしれませんが、この子の薬代だけでも大変なんです。いつ治るかわからないのに。正直、東京に出てくる交通費だって厳しかったんです。わたしが女手ひとつで育ててきたんですよ。スーパーでお総菜をこしらえながら。一日中、お肉を揚げたりパックに詰めたり。そんなこと、十年以上も。何度この子を道連れに死のうと思ったことか。失礼ですがあなたお子さんは? ああ、独身ですか。いまおいくつで? 四十三? じゃあ親の気持ちなんてわからないでしょう。ええ、ええ。わかりませんとも。死ぬ思いで育ててきたんです。その子が描いた絵を売って薬代の足しにすることのどこが悪いんですか。とにかくわたしは、この子が一人で生きていけるようになるまでは死ねません。絵は最後の希望なんです。そのへんの芸能人が人気取りのために描いた絵と違います。絵はこの子のすべてなんです。この子そのものなんです。その絵を否定されたらわたしたち、何を頼りに生きていけばいいんですか」
あ、自転車。これって、わたしが子供のときになくした自転車だ。こんなところにあったなんて。公園に置いて遊んでいたら、いつの間にか消えていた。友達の自転車と並べていたのに、なんでだか、よりによって、わたしのだけ。盗まれたんだ。家に帰ってお母さんにそう言ったら、お母さん、信じてくれなかった。鬼のように怒って、どうせどこかにほったらかしにしたんだろう、見つけるまではご飯あげないよって、家から叩き出された。泣きながら公園に戻って探し歩いたけど、見つからなかった。空がすっかり暗くなって蝙蝠がぱたぱた飛んでいた。誰かに声をかけられるたび走って逃げた。心細いのとひもじいのとで死んじゃいそうだった。それでも自転車は見つからなかった。
やっと見つけた。石の柱に立てかけて、ぽつんと、陽射しを浴びて。わたしの自転車、こんなところにあったんだ。
「わかりました、わかりました。そう興奮なさらないで。わたしは別に、この絵を否定してるわけではないんです。興味深い絵だと思います。これだけの技術を独習で身につけられたのなら大したものです。これは夢を描いた絵ですよね。ユニークな構図です。配色にも天性のものを感じます。たしかに、最近の美術界の傾向としまして、あなたのお嬢さんのように心に問題を抱えた方の作品に注目が集まっております。専門のコレクターもいます。しかしですね、全体から見ればあくまでも限定的な市場なのです。こうしましょう。この近くに『かしわぎ画廊』があります。無名の方の作品を世に出すことに熱心な画廊なので、ご相談なさってはいかがでしょう。オーナーはわたしの友人です。いま地図を書きます。ほんの百メートルくらい先です。わたしから電話を入れておきましょう。この一点を売るよりは、他にも作品がおありでしたら個展をひらくことをお薦めします。そうして認知度を高めていけば、お嬢さんはひょっとして人気作家になるかもしれません」
夢の絵? うそ。そんな夢はみんなうそ。たしかにわたしの見た夢だけど、その夢には幸せも不幸もない。幸せも不幸もない夢ならいくらでもきれいに描ける。現実に関係ないから。現実に関係ない夢なんてみんなうそ。見てないのと同じ。夢の絵を描くのは楽しいよ。だってそれはうその絵だから。わたしに関係ない夢だから。
本当の夢は、目覚めても思い出せない夢の中にあるもの。だってそうでしょう。思い出せる夢より、思い出せない夢のほうがずっと大きいはずなんだから。
海の見えるほうへ歩いてみたけど、いくら歩いても海辺にたどり着かない。水平線はわたしが歩いたぶんだけ遠くに逃げていく。あきらめて、海と反対のほうに歩いてみる。路地の向こうに砂漠が見える。でも同じこと。いつまでたっても砂丘に行けない。この街は小さいのに果てしない。
石のポストがある角を右に曲がった。石の壁があって、門をくぐってみたら、目の前にミヒャルデウスの石像があった。
ミヒャルデウス。わたしの本当のお母さんだ。本当のお母さんは体がライオン。台座にすわって、背中が小山のように大きくて。すうっと反らした首が凛々しい。こころもち顎を上向けて、空の一点を見据えた眼差しが神々しい。
わたしは台座によじ上って、そろえて並べた前脚の隙間にもぐり込む。そこに、わたしサイズのくぼみがある。それが、わたしの居場所。何年も何年も、わたしがうずくまっているうちに表面が磨り減ってできたくぼみだ。
事務室にいるお母さんは殺し屋の変装。お父さんを殺した。子供だって何人も殺した。その子供を切り刻んで料理にまぜ、食えとわたしに強要する。用心しなくちゃ。ひと口でも食べたら今度はわたしが殺される番。ミヒャルデウスがそう教えてくれた。だから、食べちゃだめ。食べちゃだめ。
わたしはくぼみに横たわり、膝を抱えて小さく丸まる。石はあたたかい。本当に心地よくて、もう、このままわたしも石になりたい。
10/02/15
せいたかあわだちそう【背高泡立(ち)草】
秋、川原の土手・荒れ地などに群がって生え、小さな黄色い花をたくさん付ける多年草。高さ2~3メートルになる。北アメリカ原産の帰化植物。〔キク科〕
俺が初めて女とやったのは高校二年の春だった。もうすぐ十七歳なんだからと、親友の彼女を借りてやったんだ。
「借りて」なんて言うと「女性をモノ扱いしてる」とか口喧しく責め立てる人が必ず出てくるものだけど、それは見当違いだ。彼女はやるのが好きな女で、親友が俺の「大人化計画」を立案した時は俺より先に身を乗り出したくらいだから、まったく問題はなかったんだ。いや、ほんとの話。
親友の家はわりと裕福だった。庭にプレハブの勉強小屋がある家なんて、町内では彼の家くらいだった。たとえそれが小学校のウサギ小屋ていどの大きさだったとしても。鉄アレイとか砲丸投げの砲丸とかバーベルの錘にする円盤とかキャッチャー・マスクとか、親友が体育館から盗んできた品々をごっそり下に隠してあるベッドを借りて、俺は生まれて初めて女とやったんだ。
最高だったね。想像以上だった。脳味噌がメルトダウンを起こして耳の穴から溶け出ちゃいそうだった。しかし失敗だったのは、道路に面した窓のカーテンが半開きになってたことだ。ふと気がつくと、近所の婆ァがカーテンの隙間から覗いてて、子供の頃から顔見知りの婆ァだったのでさすがに恥ずかしかったが、俺はあれに夢中で他のことにかまけてる余裕なんてなかったから、最後まで婆ァに見られながらやった。やり通した。
それから、親友と彼女と俺の三人でラーメン屋に入って大笑いしたっけ。あの町にはラーメン屋が一軒しかなくて、それがクソみたいにまずいラーメンでさ。
あの頃は愉快だったな。町もにぎやかだった。なにしろ猫と子供だけはたくさんいた。貧乏くさい町だったけど、俺は好きだったよ。
俺の町は駅の北側にあった。南側は商店街で。どっかの半島みたいに北と南でえらい貧富の差が激しかった。線路はさしづめ38度線ってとこ。線路越しによく、ロケット花火で攻撃を仕掛けたっけ。
親父が病気で入院し、おふくろに呼ばれて五年ぶりの帰郷。
故郷に飾る錦はないけど、俺は都会でまあまあやってる。こんな不況の世の中だ、まあまあやってるだけでも立派だろって自分を誉めて。
電車が駅に近づき、さりげなく窓の外に目をやって、驚いたね。町がねえの。俺らの町が。話には聞いてたけど、実際に自分の目で見ないうちは信じられなかった。まさか、これほど無惨な景色になるなんて。百軒くらいあった家がひとつ残らず消えて、いちめんの原っぱ。
セイタカアワダチソウばかりやたら生い茂って、黄色い花が風に揺れて。
咲き誇るほど景色が荒れて見えるんだ。この花に限っては。まるで、あばた面に無理な厚化粧をほどこした女みたいに。
ぽかんとしていた俺の目が、人影をとらえた。一瞬、目を疑った。セイタカアワダチソウの茂みのただ中に、女子高生が一人ぽつんと立っていたんだから。それが俺の胸を揺さぶった。俺は電車の進行にさからい首をねじっていった。彼女の姿はあっという間に視界から消えていったが、その後から、なぜ? という疑問が俺を追いかけてきた。なぜ?
見間違いでなければ、彼女は俺が通っていた高校の制服を着ていた。なぜだ? 俺の高校の女子制服は俺が卒業した翌年にデザインを一新している。つまり彼女は、地味臭く色気のない洒落てもいない昔の制服をわざわざ着て原っぱにたたずんでいた。なぜだ?
幽霊とかキツネとか残留思念とか持ち出すほど俺はおめでたくない。
目の錯覚でもない。たぶん。
夕暮れ近かったが、親父の見舞いは後回しにして原っぱへ行こうと決めた。親父は今日明日に死ぬ病気じゃない。しかしこの機を逃したら彼女には二度と会えない。その思いが俺を駆り立てた。女の子を捜そう。捜し出して、どうしようって下心はないけれど。
気掛かりは放っておけないのが、昔からの俺の性分で。
電車を下りてホームに立つ。改札口は南側にしかないから、駅の北側へ行くには跨線橋を渡りいったん駅の南側に出て遠回りし踏切を渡らないといけない。それが面倒で、昔は改札口を通らずホームの端から線路に飛び下り、柵を越えて北の町に入った。キップは線路に捨てて。だから今回もそうした。ポケットに手を入れたまま、ホームの端まで走って、ぽんと飛んで。
俺らの町はもともと市の所有地にあったから、借地契約の期限切れを絶好の機会と見た政治家が、ぜひとも住民に立ち退いてもらい、土地を企業に売却しショッピングモールを作りましょうと画策したのはよかったが、昨今の不況のあおりで企業が手を引き、買い手のつかない荒れ地が残ったというわけだ。得をしたのは、補償金を握って小ぎれいな市営住宅に引っ越した住民くらいで。俺の親父は反対運動をしてたらしいが、なんてことない、補償金をつり上げるための運動くさかったし。
俺は遠い都会にいたから、町が消えると聞いても実感が湧かず「ふうん」と鼻を鳴らしただけだった。胸も痛まないし、誰も責めない。思い出なんて自分の内にあればいいんで、外に求めたりするのは違う。町が消えたからって俺の思い出まで消えるわけじゃない。
と、つい一分前まで思ってた。つまり、線路の柵を越えるまで。
意外と狭かったんだ。こんな狭い土地に鼻くそみたいな家が百軒もひしめいていたんだからどんだけ見苦しかったんだよって、やっぱ住んでるうちは気づかないもんだな。
有刺鉄線はぎらぎらしていて、「立入禁止」の看板も下がっていたが、その看板に手をかけ有刺鉄線を乗り越えれば、俺はセイタカアワダチソウの荒れ地の中にいた。瞬間、ざわざわっと肌が粟立ったのは、あれ、なんだったのだろう。体中の毛が静電気を起こしたみたいな。
セイタカアワダチソウ、セイタカアワダチソウって、なんで俺が花の名前なんか知ってるのかと言うと、誰に教わったんだっけ、こいつはアメリカから来た植物で、根っこからナントカいう物質を分泌して他の草花を弱らせながら繁殖するんだって聞いて、怖えじゃん、すげえじゃんて感心したからで、でも数年もすると自家中毒を起こして、と言うのはつまり自分の毒に自分でやられて弱るらしくて、人間と同じだなって、さらに感心した。つまりそういう強烈なイメージといっしょに名前も記憶したのだが、誰に教わったかは忘れた。女の子、というのは確かだけど。
「セイタカアワダチソウってわたし嫌い」って、そいつ言ってた。「黄色いブツブツの花がキショク悪い」って。「花粉吸っただけで妊娠しそう」
あの子とは川原でやったんだっけ。服は着たまま、下着だけ脱いで。「いいじゃん、産めよ」と俺は言ったんだ。「アメリカの花だろ。生まれる子はハーフだ」
そんなたわごとは憶えているのに、女の子の顔が思い出せない。
思い出せない。俺が住んでた家、どこにあったっけ。親友の家は。親友の彼女の家は。
どっちを向いてもセイタカアワダチソウ。セイタカアワダチソウ。セイタカアワダチソウ。けれどアスファルトの道路は昔のまま縦横に交差し、電柱も無駄に突っ立っていて、かろうじて町の跡を残している。電柱に○○町×番地という住所表示も残っているから、それを手掛かりに思い出せることは思い出そうと脳味噌をほじくりながら歩いたものの、記憶は宙に浮いたまま、ちっとも現実と重ならない。電車の窓から見た女の子がどの辺にいたのかさえ、さっぱり見当がつない。
おまけに陽が傾いて薄暗くなり、風景はいっそう陰惨になってくる。
自分を風景に投げ出すように、曲がり角から曲がり角へ闇雲に歩いた。歩き馴れた道のはずなのに、どこをどう歩いてもまるで見覚えがない。廃墟にだって人懐っこい表情はあるものなのに、どうだろう、ここのよそよそしさは。
しかし、注意して見れば町の残骸というか断片は草むらに埋もれてあちこちに転がっていて、たとえば錆びた手押しポンプとか、ゴミ集積所の表示板とか、割れた便器とか、古タイヤとか、電気釜とか、ピンクの電話機とか。
ピンクの電話機? それが俺の脳味噌を刺激した。ひょっとして、たばこ屋の店先にあった電話か。そう、たばこ屋の窓口に女の子が座っていたんだ。生まれてから一度も櫛を入れたことがないような頭で、吹き出物でいっぱいの顔をして。両親はいなかった。中学を出てからずっと、寝たきりの祖母さんの世話をしながら店番をしていた。彼女ともやった。えらい不細工で頭も少々弱かったが、あれは悪くなかった。ふすま一枚へだてて祖母さんが寝ている隣の座敷で、いろいろ試してみたんだ。
俺って最高だぜ、俺って最高だぜって、握り拳で口走りながら歩いていた、あの頃は。なぜって、俺は選り好みをしなかった。他の男たちが避けて通るような女でも、チャンスとあらば俺は口説いた。口説いて愛した。チャンスは石ころみたいにそこいらに転がっていた。おかげでブス好みという風評が広まった。俺が口説こうとすると「私はブスじゃない」と泣き出した女の子もいたくらいだ。まったく、誤解だっての。ブスとか美人とか俺には大した問題じゃなかったんだ。あの頃の俺のポリシーは、愛せる者なら一人残らず愛してやる、だった。年増だろうとガキだろうと、デブだろうとガリガリだろうと、へその穴が汚かろうと関係なかった。愛とは基本的に平等であるべきで、誰かを選んで愛するのは愛じゃなくてエゴと考えていた。
もちろん無理強いはしない。やれる時にはやるしやれない時はやらない。それだけだ。無理強いなんて鬼畜の所業だ。俺はまったく逆だ。愛がなければやる意味がない。
とにかくあの頃は頭の中がやりたいやりたいでいっぱいで、たとえば板塀の節穴なんかを見てもあそこを思い出したくらいだ。まったく俺は、この町にどんだけあれを撒き散らしたか知れない。
思い出に酔いながら、うつむいて歩いていた。罅(ひび)の入った横断歩道がある十字路。そこを曲がって首をあげたら、思いがけず、彼女がいた。電車の窓から見た、あの子だ。二十メートルくらい先で、こっちに背中を向けて立っている。半ば以上あきらめていたから、彼女を見つけたことが奇跡に思えた。
はやる気持ちを抑え、「あの、君」と声をかける。「あのさ」
俺としては彼女を驚かせるつもりはさらさらなかった。注意深く慎重に声をかけたつもりだ。なのに彼女は、俺の声が背中に突き刺さったみたいにびくんと肩を振るわせ、いきなり逃げ出したのだ。反射的に俺は追いかけた。おい、逃げんなよ。襲ったりしねえよ。ただ話がしたいだけだって。そう言いたかったが走るのに必死で声が出ねえ。
何者だあいつ、女にしてはむちゃくちゃ速え。なんだよあの腕の振り。脹(ふくら)ら脛(はぎ)の筋肉。男みてえだ、と思ったその時、そいつの頭から髪の毛がごっそり脱げた。
カツラ? え、カツラって。俺はショックで前のめりに転げそうになった。
そいつがカツラを拾いに後戻りしている間に俺は追いついた。肩に手をかけようと伸ばした俺の腕を振り払い、そいつはセイタカアワダチソウの茂みに飛び込んだ。俺は後を追い、花粉を被りながら茂みを掻き分けていくと、ミステリーサークルみたいにぽっかり開いた空き地に出た。ブルーシートとダンボールでこしらえた粗末なテントがあった。
なんだよ、女装趣味のホームレスかよ。俺は心底がっかりした。
「おっさん、ここ住んでんの?」
息を切らしながら近づいた俺の顔を、そいつはカツラでひっぱたいたのだ。
不意打ちをくらってひるんだ隙に、そいつはテントの中へ潜り込んだ。武器を取り出されると面倒だ。足首つかんで引きずり出すと、テントが崩れて中から女物の服や下着が出てくるわ出てくるわ。こいつ盗っ人か。それらを抱えてまた逃げようとするのを、俺は襟首つかんで殴り倒した。うめいて転げ回っているところへ蹴りも入れた。それからは我を忘れた。さんざん殴る蹴るの暴行を加えて我に返ると、そいつは女物の服や下着が散らばる中、カツラで顔を隠し、体をくの字に折り曲げて泣いていた。
やべえ。殺すとこだった。
時折、げほげほと噎せて口から赤いよだれを吐く。革靴の片っぽが脱げ、制服のスカートがめくれ生白い太腿が剥き出してる。やたら惨めったらしい噎び泣きで、聞いてるこっちまで滅入ってきた。
なんなんだよ、ちくしょう。まるで俺がこいつを強姦したみてえじゃねえか。
もちろん俺はそんな非道な真似はしたことない。断じてない。愛抜きでやったことなんて一度もなかった。なのにこいつを見てるとその確信が揺らいでくる。相手が嫌がるのをむりやり組み伏せたことはなかったか。本当に絶対になかったか。
やるせなくなり、無言のまま、その場を離れた。茂みを抜けて道路に出て、頭や肩にこびりついた花粉を払う。拳が切れて血が出ていた。きっと、顔面を殴った時に歯に当たって切れたのだろう。
ぽっと、足下が明るくなった。見上げれば、街灯だ。電柱に取り付けた街灯がまだ生きてたんだ。くそう。原っぱになった町を照らして意味があんのかよ。
町の外に出たかったが、方角どころか、自分がどこにいるのかもわからなかった。
なんでだよ、ここは俺が生まれた町だぜ。なのに、どこに向かって歩けばいいかもわからないなんて。
10/02/15
セイウチ
オットセイに似た、大型の海獣。北極海に群棲する。太くてあらい、あごひげと長い二本の牙を持つ。肉・脂肪・牙が利用される。〔セイウチ科〕。普通、{海象}・{海馬}と書く。
かわいた銃声が静寂をつらぬき、女房のひとりが血を吹いた。おれのすぐ横で。
途端。他の女房たちは慌てふためき、先を争いばたばた海へ飛び込んでいく。撃たれた女房も、のたうち這い回り転げながら海へ逃れた。瞬く間、氷山の上におれひとり残されて。主であるおれが。
何が起きたのかって、確かめるまでもない。ああ、迂闊(うかつ)だったね。人間だ。ライフルをこっちに向けている。カヤックを海に浮かべて。おい、いつからそこにいたんだ?
威厳たっぷりに首をもたげ、背を反らし、牙を見せつけてやる。すなわちそれが、礼儀ってものさ。ホッキョクグマだって敬意を示すのだ、おれの牙には。
まあもっとも、礼儀の通用する相手ではないからな、人間は。
二発目の銃弾がおれの首をかすめる。目の中で風景がひずむ。白金の太陽が水平線にバウンドして。痛くない、と言ったら嘘になる。現にこうして氷に血を撒き散らしているのだから。しかしおれくらい長生きすると、生半可な痛みではうろたえたりしないものだ。それどころか、痛がっているのはおれか、おれが乗っかってるこの氷山か、海か、空か、太陽か、はたまたそれらぜんぶか、区別がつかなくなるものだ。
おふくろが死んだのはちょっとした事故が元だったが、あの時、本当に痛がっていたのはオーロラだった。おふくろが自分で言ったのだから間違いない。坊や、ごらん。オーロラが痛い痛いって悲鳴をあげてる。
おふくろが死んでからおれは常にひもじかったが、おれがひもじいと宇宙ぜんたいがひもじいと泣いた。
何百年も何千年も生きた気がする。ひょっとすると百万年かもしれない。
なにしろおれは自分の誕生の時を憶えていないのだから、記憶は時間を無限にさかのぼれる。長い人生の中で俺が囲った女房の数は数え切れないし、彼女らが産んだ子供の数となると、さらに計り知れない。
岬の海岸をびっしり埋め尽くして寝そべる群れを見るたび呆れたものだ。なにせ、何百頭とひしめくこれすべて、おれの子供で、子供の子供で、子供の子供の子供ときている。これだけ大勢で暮らしていると、おれが誰だろうと構わなくなる。たとえばおれがおれでなく横にいるこいつだろうと。おれがおれでなければならない理由がない。あいつでもこいつでもそいつでも、誰でもいい。おれなんてものは無いも同然だ。たとえ、本当のところおれの血を引いてる子孫が群れのほんの一部だったとしてもだ。それは大した問題じゃない。
おれってやつは謎だ。群れを離れてから、おれとは誰なのだと、ずっと考えてきた。おれはおれであり、おれを乗せた氷山であり、氷山を浮かべた海であり、空であり太陽であり星であり、おれを狙う人間でありおれに死を与える。なにもかもがおれの中にある。結局のところ、おれという謎は宇宙の謎でもあるのだ。
何をぼんやり考え込んでる。三発目の銃弾がおれの胸に穴を開けた。まいったね。こいつは効いた。
人間がライフルを銛に持ち替えた。あの銛を食らったら最後、もう逃げられないんだ。ひと声、吠えてやる。くそう、鼻息まで血しぶき混じりだ。
飛んできた銛をかわし、どうにか海へ飛び込んだはいいが、それから先がどうにもならん。体ぜんたい痺れて、おれはおれの重みで沈んでいく。見上げれば海面の鈍い輝きにカヤックの舟底が黒く浮かんで。ぽっかりと、穴みてえに。
おれの女房たちが見送ってくれる。ありがとうよ。それが礼儀ってもんだ。けれどここまででいい。海の色がどんどん暗くなっていく。こっから先はおれだって潜ったことがないんだ。あばよ、いとしい女房たち。もうなんにも見えねえや。ああ、水圧で肺がちぢむ。でも変だな。初めてって気がしない。初めてなのに馴染みがあるのはなぜだ。思い出せよ。忘れた思い出も思い出のうちだぜ。こんなさびしい海の底がどうしてこんなに懐かしいんだ。おれはこの暗さから生まれてきたんじゃなかったっけ。
クジラの歌が聞こえる。もう痛くもねえや。
なにか思い出せそうな気がする。なんだっけな。何を思い出そうとしてたんだっけ。
そいつを思い出せばきっとおれの謎も解けるし宇宙の謎も解けそうな気がするんだが。
たとえばおれがなぜいるのかってことや、宇宙がなぜあるのかってことや。
でももう遅い。暗い水におれの生きてきた時間が溶けていく。
それに、わかったところでいまさら、どうにもなりやしない。
10/01/24
すとん
それほど重くない物が落ちたり倒れたりする様子。また、その時立てる軽い音の形容。
すとん。という音が好きです。手紙が郵便ポストに落ちていく音。
ごめんなさい、いきなり変な書き出しで。北陸はこのところ猛烈な寒波に見舞われて、毎日雪、雪、雪らしいですね。テレビで豪雪のニュースを見るたび、清水さんがどう過ごされているか、心配しています。私が金沢に住んでいた頃も、あれほどの大雪はなかったような気がします。
そうそう、先日の手紙に書かれていた、いつの間にか相合い傘をしていた女の子。不思議な女の子ですね。そして、ちょっと図々しい。たしかに、私も小学校の頃にフルートを習っていました。母の従妹が音楽教室の講師になったので、私はお付き合いで入門させられたようなものです。母の従妹はピアノの講師なのに、母が私に選んだのはなぜかフルート。きっと母には、従妹への対抗意識があったのでしょう。それに、ピアノを習う子はたくさんいても、フルートを習う子は珍しいですから。家が裕福なわけではありません。母が見栄っ張りなのです。残念ながら、十七歳でフルートを止めました。止める時は両親と大げんかをしました。いまでもフルートは、私の喉に刺さった小骨みたいなものです。
清水さんと相合い傘をした女の子が私だったかというと、それはわかりません。記憶を照らし合わせていくと面白いことになりそうですが、それは止めておきましょう。下手に詮索するよりも、不思議は不思議なまま、そっとしておいたほうがいいと思いませんか。
すとん。の話にもどりましょう。
私のアパートからちょっと離れたところに円筒形のポストがあります。他のポストはみんな箱形なのに、どうしてそこだけ古い型が残っているのか理由はわかりません。とにかく私はそのポストが好きで、郵便物を出すときは、わざわざそこまで出かけます。
おかしいですか? でも、円筒形のポストってなんだか、実直で人の好い田舎のおじさんっぽいじゃないですか。ただそこに立ってるだけで、周りの空気まで温かくしてくれそうな。それに比べると箱形のポストは四角四面の公務員みたいで、あまり融通が利かなそうな顔つきです。いえ、あくまで私の偏見ですけど。
そうでした。すとん。の話でした。
ポストの投函口に手紙を差し込んで指を離すまでの間、ほんの少し、ためらうことはありませんか? 私の場合、ちょっと決断力が要ります。指を離したが最後、もう取り戻せない。時間とおんなじで、先へ先へと運ばれていくだけ。後悔したって手遅れです。いえ、そういつもいつも、重要な手紙を書いてるわけではありません。簡単な手紙でもそうなのです。投函口に手を入れて、ちょっと不安になりながら、指を離す。すとん、と音がして手紙がポストの中に落ちる。その軽い音が、なんだかポストの中の暗い空洞を思わせて、こちらの心までからっぽになるような。でも、その一瞬の、途方に暮れるような感覚が、私は好きなのです。
箱形のポストでは底が浅いからか、いい音は出ません。円筒形のポストだからこそ、深みのある音が出るのです。井戸と同じ反響をするのかもしれません。
ポストの音にこだわるなんて、やっぱり私、変かもしれません。
実を言うと、理由があります。それは、私がフルートを止めたことと関係あります。
中学時代から高校にかけて、私は他の町の男の子と文通をしていました。お付き合いというほどではありません。彼とはフルートの県大会の楽屋で知り合いました。フルートを吹く子供は少ないので、がんばれば誰でも県大会くらいには行けるのです。私はいつも県大会止まりでしたが、彼は全国大会常連の秀才でした。そんな彼がどうして私と文通を始めたかというと、きっかけは私のフルートにありました。
私はフルートのブランド品を持っていました。遠い遠い親戚に、現役を引退したフルート奏者がいたのです。かつてはオーケストラに所属していたプロです。その人が、このままでは宝の持ち腐れだからと、自分の高級なフルートを私にプレゼントして下さいました。けれど、私なんかが持ってたって宝の持ち腐れには違いありません。彼は、楽屋で私のフルートを見て飛びつきました。試しに吹かせてくれと頼むので貸してあげました。彼はとても気に入って、私のフルートでステージに上がり、みごと優勝しました。それから私と彼は、フルートを貸し借りする仲になりました。北陸大会でも、全国大会でも、彼は私のフルートで演奏したのです。
同時に、彼と文通を始めました。私の手紙はたわいないものでした。学校の出来事とか、家庭での悩みとか、映画や本の感想とか、その年頃の女の子が書きそうなことばかり。それに比べて彼の手紙は大人びてました。読書ひとつとっても、彼は中学生でトルストイの長い小説を読んでいたくらいですから。彼の手紙は刺激的でした。彼との文通は大きな喜びでした。手紙を投函する時の、すとん、という音を好きになったのはその頃からです。
彼にしてみれば文通は、私から都合良くフルートを借りるための、言ってみればサービスだったのかもしれません。私にしたって、彼と文通を続けるために、フルートを貸していたようなものです。
とにかく私は、彼から申し出があるたびフルートを小包にして郵送しました。フルートを時々彼に預けたほうが、メンテナンスを完璧にしてくれるので助かったのです。親には秘密でした。なにせ、二百万以上する総銀製の名品です。他人に貸すなんて反対するに決まってます。フルートを彼に貸している間は、初心者用の安いフルートでごまかしていました。親が知っていたのは、私が男の子と文通しているという、それだけでした。
アクシデントが起きたのは十七歳の夏でした。夏休みの一か月、彼がドイツに音楽留学することに決まりました。私は喜んでフルートを貸しました。彼の出世を応援する恋人気取り、といったところでしょうか。本当に嬉しかったのです。
けれど夏休みが終わり、彼が帰国してから、手紙がぷっつり途絶えました。フルートも返してもらえません。私は何度も催促の手紙を書きました。それでも返事はありませんでした。そろそろ秋の発表会が近づいて、名品のフルートがないことを親に隠しきれなくなりました。当然、親は激怒しました。彼のことを盗人呼ばわりするので私が反発すると、さらに怒りました。彼の親に連絡がいって、そこで初めて、彼が留学先で私のフルートをなくしたことが明らかになりました。状況からいって盗まれたのだと思います。フルートの紛失は仕方ありません。彼も被害者なのです。悩んでいたはずです。許せなかったのは、彼が私にずっと黙っていたことです。彼も困っていたのでしょうが、うやむやですませられる問題ではありません。十七歳なのです、なにをすべきかちゃんとわかっていたはずです。しょせんはお坊ちゃんだったのです。
互いの両親の間で弁償金の遣り取りがあり、決着はつきましたが、私はおさまりませんでした。彼に裏切られた思いで悔しくて、怒りと怨みと哀しみを便箋に延々とつづりました。封筒に入れるとかなりの厚みになりました。けれど、いざ郵便ポストに入れようとしたら、ためらいが強くなって、投函口に手を差し入れたまま、しばらく固まってしまいました。それでも、思い切って手を離すと、いつものすとん、ではない。ぼとん、というとても嫌な音がして、途端に後悔しました。あんな手紙は出すべきじゃなかったと、激しく自分を責めました。
郵便ポストの横にずっと立って、郵便屋さんが来るのを待ちました。郵便屋さんがポストを開けたら、手紙を返してもらおうと思ったのです。そのうち雨が降り出しました。そうです、こういう時に限っていつも雨が降り出すのです。ポストの横に回収の予定時刻は書いてあるのですが、そんなもの信用できませんでした。
一時間以上待って、やっと郵便屋さんがやって来て、ポストの扉を開けました。私は事情を話して手紙を返してくれるよう頼みましたが、規則でそれはできないと断られました。泣いて頼んでも無駄でした。郵便屋さんは郵便物を袋に詰めて去っていきました。
それきり、私はフルートを止めました。彼がいまどうしてるかは知りません。
思い出話を長々と書いてしまいました。すみません。清水さんの手紙を読んで、つい、フルートを習っていた頃が懐かしくなって。
清水さんが出会った女の子が私なのかどうかはわかりませんが、もしも雨の日に、ぬれねずみになって郵便ポストの横に立ち続けている十七くらいの女の子がいたら、それはきっと私です。どうかそっとしておいてください。
厳しい寒さはまだまだ続きそうです。雪道で転ばぬよう、風邪などひかぬよう、くれぐれもお気をつけください。
雨野より