12/01/24
ライフサイクル【life cycle】
①動物の個体が発生してから死ぬまでの過程の称。②その物が売れ始めてから商品としての寿命が尽きるまでの期間。③結婚に始まり、家族の発展・自己の死亡に至るまでの長期展望。
たまには自分のことをたらたら書いてみようと思う。面白いか退屈かは抜きにして。
ライフサイクル?
そう、これから僕はライフサイクルについて書かなくちゃならない。
ご存知のとおり、この短編連作は「新明解国語辞典」から適当な言葉を選び、その言葉をタイトルにして小説を書いている。「ら」の段の場合、まず「雷火」「落雁」「ラバーソール」「ラム」「ランドマーク」を候補に選んだ。語感がいいのと、なんとなくイメージが膨らみそうな言葉だからだ。
たとえば「ラバーソール」。(厚い)ゴム底の靴のことだが、舌の上で弾むような語感がいい。ラバーソール。口ずさむだけで心が浮き立つ。ソール(靴底)はソウル(魂)にも通ずる。しかしストーリーがまるで浮かばない。却下。
「落雁」もいい。渡りの途中で力尽きた雁が、群から離れて荒野に落ちていく、月夜の情景が目に浮かぶ。侘び寂びが効いていて、しかも鮮烈。井上陽水の『神無月にかこまれて』という曲が頭にあった。そこからイメージが膨らみそうな予感がしたが、どうひねっても思わせぶりなストーリーにしかならず、これも却下。
ひとつひとつ却下していき、結局すべて却下すると、もう一度「新明解国語辞典」を開くことになる。面倒がっていたら作家なんてやっていられない。
そうして拾い上げた言葉が「ライフサイクル」。生まれてから死ぬまでのこと。
ライフサイクル。ライフサイクルに関する記憶を探っていく。
以前、ドトールでコーヒーを飲んでいたら、隣のテーブルから「決めた。これは私の走馬灯に入れる」と女の子の声が聞こえてきて、びっくりしたことがある。
人は死ぬ間際に、一生分の記憶を走馬灯のように見るというが、彼女の場合、なるべく気持ちよく死ねるようにと、今の内から走馬灯に入れる記憶と外す記憶を分けているという。ちょうど、ケータイのメール記録を保存したり消去したりするのと同じ感覚か。
盗み聞きしながら、へえ、と感心した。なるほど、うまくいけばポジティブに死ねそうな。できることなら僕だって、嫌な思い出がぐるぐるめぐる中で果てたくはない。
それと、思い出したのはクリムトの「愛」という絵。大学の友人が美術館の売店で買った印刷物だが、部屋に飾ったら毎晩悪い夢ばかり見るので外したという。「志賀にやるよ」と言うのでもらって帰った。当時の僕はものすごく貧乏だったのだ。
若い男が女を抱きよせている、映画のポスターみたいな絵だ。二人の頭上には、女性の一生が少女、熟女、老婆の順におぼろげに浮かび、それが古いタイプの心霊写真みたいでなんとも薄気味悪い。特に老婆の怨みがましい面相はなんとも凄惨で、おぞましさに寒気が走った。
抱擁の刹那に女性の一生が浮かび上がる。一生の時間が、抱擁の刹那に凝縮される。暗示された死の影が、抱擁の場面をより生々しく艶やかに見せるのだ。
物は試し、四畳半の部屋に飾ってみた。やはり深層心理に作用するのか、その夜さっそく強烈な金縛りにあった。僕は自己暗示にかかりやすいタイプなのだ。それから毎晩、日課のように欠かさず金縛りにあったのだった。根負けして絵を捨てるまで。
未来の記憶を思い出す、ということはあるのだろうか。
小学校一年か二年のころ、死の不安にとらわれたことがある。遠い親戚の誰かが亡くなったせいかもしれない。僕は葬儀に参列しなかったが、遺体を見たという兄が「鼻の穴に綿を詰められていた」と自慢気に話していた。
兄の話から僕が想像した光景は、いつかしら僕の脳裏に定着し、今でも僕は、薄暗い座敷に眠る、鼻の穴に綿を詰められた老婆の姿を、あたかも自分の記憶であるかのようにありありと思い出すことができる。
それが、人の死というものが切実に我が身に迫ってきた最初の体験だったと思う。
死が怖くなった。死とは、この世界から自分がいなくなることなのだ。
人の中には「死の種」が生まれつき備わっている。その種が、病気をするたびに毒を吸って大きくなり、最後は宿命的にその人の生命を奪う。それが、僕が考えていた死のメカニズムだった。だから、死を遠ざけるためには病気をしなければいい。病気を予防するには日頃から薬を飲んでおけばいい。そう、僕は結論づけた。
親の目を盗み、家の薬箱から常備薬を引っ張り出してはこっそり飲んだ。薬箱は戸棚の最上段にあったが、踏み台を使えばなんとか手が届く。どの薬と決めず、手に触れた薬ならどれでもよかった。今考えるとぞっとするが、それで気分が悪くなったとか、体調を崩したとか、そういうことはなかったようだ。
ある日のこと、家の庭でひとり遊びをしていた僕は、不意に直感した。ある種の啓示が天から降りてきたみたいに。僕はひとり遊びを中断し、一歩、二歩、三歩と大股で歩き、立ち止まった。すっと気が遠くなり、目の前が暗くなって、年老いた自分の姿が脳裏に浮かび上がってきたのだった。
それですっかり安心したように記憶している。
時間は流れていない。その時、僕が直感したのはそういうことだ。時間が流れるというのは、人がそう思うから流れるのであって、本当は流れていない。過去も現在も未来も同時にある。今この瞬間に、一生分の時間が含まれてあるのだ。なんだか仏教の時間論みたいな話だが、足を止めたら自分の未来が見えてきたというのは、そういうことだ。現在の一瞬に過去も未来もあるのなら、自分の死を心配する理由なんてない。だって、それはもう今ここにあるのだから。
年老いた僕は禿げていた。着流しのかっこうで、日の当たる縁側に腰かけていた。膝には猫。僕の隣には女房らしい老婆が穏やかな笑みを浮かべている。セピア色の、古いスナップ写真みたいな情景。遠い未来でありながら懐かしさを誘うような、幸福に充ちた老後の一場面。
つまりそれは、子供心に考えた幸福な老後の一典型に過ぎず、僕が自分の未来を垣間見たとは毛ほども信じない。信じないのだけれども、心の奥にこの情景をしまっておくことで、僕はずいぶん救われた気がする。人生山あり谷ありだけれども、最後には日の当たる縁側に行き着くのだという、漠然とした安心感があったのだ。
たとえば三十五の歳に大病をわずらって手術を受けた時も、ひょっとしてこれまでかと不安になる一方で、日の当たる縁側を思い出し、まあ七十八十くらいまでは生きるだろうなと、高を括ってもいたのだ。
実際、生き延びている。あれから重い病気にかかったことはない。取りあえず元気だ。あきらめかけていた結婚も四十をすぎてから実現した。条件は整いつつある。
しかし困ったことが起きた。あの縁側だ。あの縁側は実家の縁側なのだが、古い家を取り壊して新築してしまった。しかし縁側っぽいものは付いているのでそれで代用しよう。猫はなんとでもなる。
ところが、今年になって原発事故が起き、実家に帰れなくなってしまった。僕の家は福島第一原発から20キロ圏内にある。警戒区域にすっぽり入っているのだ。
弱ったことになってしまった。警戒がいつ解除されるのか誰にもわからない。一年先になるのか数十年先になるのか。しかし永久ということはないだろう。僕が年老いるころには、原発事故は忌まわしい記憶であると同時に貴重な教訓になっているはずだ。そう信じている。
日の当たる縁側に猫を抱いて腰かけよう。女房を連れて。穏やかな心持ちでいろんなことを思い出そう。その時、僕の目は、大股歩きで一歩、二歩、三歩と庭を歩いている、幼い自分を見るかもしれない。
12/01/24
らんちゅう【蘭虫】
キンギョの一種。からだは球形にふくらんでいて、背びれが無い。まるこ。
体の弱い弟のためにお父さんが買ってきたキンギョは一匹一万円近くした。
らんちゅう。
「これでも安い方なんだよ」お父さんは弁解がましく言う。少し悪びれながら。「十万円以上するものだってざらにあるんだから」
わたしはたぶん、膨れっ面をしていたのだと思う。だってわたしは、靴屋の店先でねだった一足三千円のサンダルを「高すぎる」という理由で却下されたばかりだったのだ。
らんちゅう。
どこが可愛いのかわからない。お腹がやけに膨れてずんぐりむっくり。背びれがなくて不器用そうなよたよた泳ぎ。そしてそう、顔。瘤だらけの不細工な顔。うろこだけは、見事なくらい紅いのだけれど。
グロテスク。そう思った。なのに見る人が見れば、この瘤が愛らしいのだという。顔がでこぼこなほど値打ちがあるそうだ。人の価値観ってさまざまだ。
弟はらんちゅうのどこが気に入ったのだろう。弟は動物が好きで、けれどアレルギー体質だからペットは飼えなくて、だから近所のホームセンターに家族で買い物に行く時は必ずペットコーナーに寄ってガラス越しに犬や猫を見せてあげるのだが、ある日、弟はひとつの水槽の前で釘付けになって、何を熱心に覗いているのかと見てみれば、やけに丸っこい赤いのがひらひら泳いでいて、それがらんちゅうなのだった。
「キンギョが好きなの?」と訊ねてみても、返事は「アー」か「ウー」。
弟は口がきけない。弟は十三歳だが三歳か四歳くらいの知能しかない。体も不自由で生まれてこのかた自分の足で立ったことがない。どのくらい言葉を理解しているのかわからないけれど話をするのは好きで、わたしがお父さんやお母さんと話をしていると「アー」とか「ウー」とか割って入る。邪魔をする。お父さんやお母さんをわたしに取られると心配になるのだ。弟は独占欲が強い。わたしの会話は中断されて、お父さんもお母さんも弟にかかりきりになる。わたしは放っておかれる。
「カッちゃんは長生きできないのだから」さんざんそう聞かされてきた。克己というのが弟の名前だ。「なるべくよくしてあげないと」
そう、弟のおかげでわたしは我慢強い子に育った。長くは生きられなのだからと、ずいぶん弟の面倒をみてきた。誰からも感謝されずに。でも頭の片隅ではこうも思っていた。
ひょっとして、弟は死なないのではないか。
もちろん、弟が早く死ねばいいと願っているわけではない。けれど、自分を犠牲にして弟に尽くす日がこの先何年も続くのかと思うとぞっとする。心が暗くなってしまう。わたしは冷たいのかもしれない。でも、わたしの人生はわたしのものなのだ。わたしだって、誰にも邪魔されずにわたしの人生を生きたいのだ。
お父さんがらんちゅうを買ってきた時も、わたしはうんざりした。なぜって、らんちゅうの世話をするのはわたしに決まっているからだ。
お父さんは大きな水槽も買ってきていた。水槽に砂利を敷いて、水を入れて、ぷくぷく泡の出る装置を仕込んだら、案の定、「じゃあこれを読んでおいてね」とお父さんはわたしに『らんちゅうの飼い方』という本を渡したのだ。お姉さんなのだから当たり前だろう、というように。わたしはうんざりを通り越して、なんだか悲しかった。でも悲しいなんて誰にも言えない。おくびにも出せないのだ。
らんちゅうは品種改良によって作られた生き物で、存在そのものが不自然だから、当然のことながら体が弱く、水温の管理とかエサの与え方とか神経を使う。世話がやけるのは弟と同じだ。夏休み前、予想に反して気温がぐんぐん高くなっていく日があり、わたしは部屋のカーテンを閉め忘れてきたような気がして、もし閉め忘れたのなら部屋の温度もぐんぐん高くなって水温が上昇しらんちゅうは死んでしまうのだが、お父さんもお母さんも働いているから確かめることができず、心配で心配で先生の声がちっとも頭に入らなくなり、昼休みに友だちの自転車を借りて家に帰ってみたら、部屋のカーテンはちゃんと閉まっていた。汗だくになって自転車を飛ばした自分がばかみたいだった。
放課後は、養護学校に寄って弟を引き取り、車椅子を押して家に帰る。おかげでわたしは部活動だってできないのだ。感心ですねって大人には褒められる。褒められるとうれしい。でも小学校の時はクラスの男子によくからかわれた。「アー」とか「ウー」しか言えない弟はみっともない。元気な弟のいる友だちがうらやましかった。できたら交換したかった。「おねえちゃん」とスカートの裾を引っ張られながら弟と散歩してみたかった。わたしは弟にいろんなことを教えてあげられたのに。どうして雨は降るのかや、どうして虹ができるのかを。
家に帰れば、キンギョ一匹には大きすぎる水槽を、らんちゅうは深紅の尾びれをひらひらさせて気ままに泳いでいる。わたしの苦労なんて知るよしもない。知るわけがない。瘤の谷間に埋もれたちっちゃな黒い目は、赤ん坊みたいに無垢だ。
死んでたらよかったのに。わたしはらんちゅうを恨んだ。死んだらよかったのに。
弟は水槽の横に車椅子を寄せて、指先を水面に差し込む。らんちゅうはエサをもらえると勘違いし、ふらふら寄ってきては口をぱくぱくさせる。弟はそれがうれしいのだ。何度でも同じことを繰り返す。らんちゅうもまた、何度でもだまされるのだ。似た者同士、とひそかに思う。似た者同士。
カーテンを開くと西の雲が夕陽に紅く染まっていた。まるでキンギョのうろこみたいな紅蓮の空だった。
『らんちゅうの飼い方』によれば、らんちゅうを作ったのは江戸時代の日本人なのだそうだ。たぶん、物好きな江戸人が、たまたま変な形に生まれたキンギョを、もっと変わった形にしてやろうと、似たようなキンギョと掛け合わせて、どんどん変な形にしていって、それを「らんちゅう」と名づけたのだ。「らんちゅう」が世に出回ると、変な形を競うようになり、いつの間にか変な形ほど「可愛い」ということになった。きっとそういうことなのだろう。
らんちゅうは自分をどう思っているのだろう。不格好で、醜くて、泳ぎも下手で、本来ならマイナスでしかない性質を逆に愛でられるなんて、自分が悲しくはならないのだろうか。
らんちゅうが死んだのは夏の終わりだった。
深夜のこと。お隣の家が火事になった。お隣は中華料理屋さんで、その厨房から火が出たのだった。ドンッという何かが爆発するような音に飛び起きたら、窓ガラスはもうお隣の炎に赤々と染まっていたのだ。
パジャマのまま階段を駆け下りたら、お父さんは消火器を手に、爆風で割れた廊下の窓から外へ向けて消火剤を吹きかけていたが、そんなもの役に立たないくらい見ればわかりそうなものだった。
弟の部屋ではお母さんが弟を叩き起こしていた。寝ぼけている弟を車椅子に乗せるのをわたしも手伝った。こんな時だからこそ実感してしまうのだけれど、弟は重い。思春期に入って食欲が増し、腰がひとまわり太くなった。おまけに半分眠っているから抱きかかえるだけでもひと苦労だった。
弟を車椅子に移すとお母さんは現金や預金通帳や土地の権利証や、大事な物を取りに寝室へ戻り、わたしは弟の体に毛布をかけてやりながら、ちらっと水槽に目をやった。らんちゅうは淡い光の中に沈んで眠っていた。わたしはそのまま車椅子を押して玄関に向かった。
弟と家の外に出ると、道ばたにはもう野次馬が集まっていた。わたしは自分の洋服や教科書を取りに家へ戻ろうとして、みんなに引き止められた。その頃には、火はわたしの家に燃え移っていたのだ。
日常って、こんなに簡単に壊れるものなんだ。否応なしに奪われていって、もう取り返しようがないんだ。わたしは茫然と突っ立って、燃えていく我が家を見ているしかなかった。
でも、わたしが大切にしている洋服や教科書やアルバムなんかを、お父さんは両手に抱えて運んできてくれた。泣きたいくらいうれしかった。お母さんも大きなバッグを提げて出てきた。不幸中の幸いというか、お隣さんもふくめて全員無事だった。
ただし、らんちゅうを除いて。
「らんちゅうは?」わたしは訊ねた。
お父さんは、はっと思い出したような顔になり、「仕方ないさ、あきらめよう」とため息を吐いた。お父さんはらんちゅうのことをすっかり忘れていた。
わたしは気づいていた。なのに見捨てた。その気になれば助けられたのに、時間の余裕はあったのに、どうして見殺しにしたのだろう。自責の思いに、心臓がぎゅっと押し潰された。涙があふれてきたが、誰にも涙の理由を言えなかった。
そうしているうちにも火は燃え広がり、消防車のサイレンの音は遠くから聞こえるのだけれど、どこでつかえているのか、なかなか近づいてくる様子がない。
ようやく到着した消防隊が消火作業を始めても、火の勢いは止まらなかった。すっかり目覚めた弟は興奮してやたら叫び続けた。
屋根が崩れ、ぽっかり開いた穴からひときわ高く火柱が立ち上がり、夜空を焦がした。
その時、わたしは見たのだ。舞い上がる火の粉のただ中から、巨大ならんちゅうが現れるのを。顔の瘤が炎を浴びて紅蓮に輝き、緋色のうろこが火の粉を振り払い、らんちゅうは悠然と尾びれを振りながら、天空を泳いでいった。
幻覚だろうか。もし幻覚だとしても、同じ幻覚を弟も見ていたのだ。
弟は車椅子から身を乗り出し、炎に顔を赤く染め、まるでらんちゅうみたいな顔で、しきりに口をぱくぱくさせながら夜空を見上げていた。
声にはならなかったけれど、その口の形がわたしには、俺も連れて行ってくれと、訴えているように見えたのだった。
12/01/24
りきゅうねずみ【利休鼠】
緑色を帯びた鼠色。利休色で鼠色がかったもの。
雨はふるふる城ヶ島の磯に 利休鼠の雨がふる
わたしが泊まっている民宿の一階が大衆食堂で、お店の入り口に下がった藍のノレンにこの詞は染め抜かれていたので、ノレンを何度もくぐって出入りしているうちに、自然と覚えたのだった。
北原白秋が作詞した歌の一節だというが、どういうメロディなのかは知らない。「利休鼠」とは色の名前らしいが、どういう色なのかも知らない。「城ヶ島」がどこにあるかも知らない。少なくとも、わたしが泊まっている部屋の窓から見える島ではない。
あの島は、なんという島なのか。お椀を伏せたような、こんもりとした森がある小さな無人島。それでもコンクリートの桟橋はあって、釣り人は舟を漕いで島に渡り、桟橋に腰かけて日がな釣り糸を垂らしている。
わたしは釣りはしない。釣りどころか、魚を素手で触れもしない。生き餌を釣り針に刺す、もうそれだけで無理。
入社二年目で会社が倒産し、退職金をもらったので旅に出た。他に使い途を思いつかなかった。海を見たいと思い、旅に出ていちばん初めに入った食堂の焼きホタテ定食がことのほかおいしく、二階が民宿だと知って泊まろうと決めた。以来ずっとそこにいる。
雨がふると退屈だ。町には娯楽というものがないのだ。窓に腰かけ、細い雨脚にかすむ島をながめて、わたしはつい「雨はふるふる」の歌を口ずさむ。メロディは知らないので適当な節をつけて歌う。「あぁめぇはあふぅるぅふぅぅるぅぅ」とか。目の前にある島は城ヶ島ではないが、ぜんたいが暗い色に沈んで山水画っぽくなった景色は城ヶ島の歌に似ている、と思う。
死んだ叔父が、わたしの部屋に訊ねてきた。
叔父は三年前に胃癌で死んだのだった。結婚はしてなかった。
雨降りの日に、無人島の桟橋にぽつんと人影があり、それが釣り人ではないダークグレイの背広姿なので、なにをしているのだろうと不思議に思っていたら、叔父さんなのだった。顔はよく見えないが背中の丸め方に特徴があるのだ。
その日は朝から雨で、雨の日はこれまでにも何度かあったのに、なぜかその日に限って天井から雨漏りがして、雨だれを受ける容器をもらいに帳場に降りたが誰もいないので、勝手に厨房に入って黒い丼鉢をひとつ持ち出し、雨漏りの下に置いていた。お風呂場の洗面器を使うと惨めったらしいが、丼鉢なら多少は風流になると思ったのだ。
一時間ほどしておかみさんが帰ってきたので雨漏りの件を話すと、おかみさんは大層もうしわけない顔をして「部屋を変えますか」と言ってくれたが、わたしは「いい」と断った。わたしの部屋は角部屋なので、島がよく見えるのだ。
「地震の影響で瓦がずれたのかねえ」おかみさんは天井を見上げてため息をついた。
「この辺りもずいぶん揺れたんですか」
「お茶碗がいくつか割れた程度だけどねえ。それにしても情けない」
「いままでは雨が降っても平気だったのに」
「この建物も古いから。地震は別にしても、あちこちガタがきてるんだよ。わたしの亭主と同じ、あっちが痛いこっちが痛いって。そのうちぺしゃんこに潰れるよ」
おかみさんは陽気に笑いながら部屋から出ていった。
わたしは東京で地震を体験したのだった。ビルが大きく揺れて、わたしのノートパソコンは机から飛ぶようにして落ちたのだった。わたしの会社の取引先は東北に集中していたから、取引先が潰滅すると一蓮托生でわたしの会社も潰れたのだった。
しずくは天井の一点から生まれ、木目に沿って横へとすべり、すべりながら大きくなって、四つか五つ一列に並び、ある一点まで来ると自分の重さに堪えられなくなるのか、順番に天井をはなれて、丼鉢めがけ落下するのだった。しずくの運動には秩序のようなものがあって、わたしを心地よくさせるのだ。
わたしは叙情的になろうとして窓を開けたが、雨雲の隙間から差し込む陽射しのせいで雨脚のひと筋ひと筋がよく見え、それはくうかんを傷つけているように見えた。雨はくうかんを傷つけながら降っているのだ。
島の桟橋に人影を見つけたのはそのときだった。
「叔父さん?」と呟くと、その声が叔父さんを引き寄せたのか、いつの間にか叔父さんはわたしの部屋にいた。北側の窓に寄り添い、畳の上でゆるくあぐらをかき、煙草などふかしていた。
叔父のたたずまいは生きている人と変わらないが、煙を吸いこむたび体は透けていき、吐き出すとまた元に戻るのだった。吸いこまれた煙は、送り込まれるはずの肺がないものだから行き場をなくし、半透明化した叔父の顔の中でもわっとした白いかたまりになり、大半は毛穴から抜け、わずかな残りが口から出るのだった。
「煙草を吸うと体が透けていくよ」
わたしが指摘すると、叔父は自分で気づかなかったらしく、目の前に手のひらをかざして煙草を吸い、透けていく手のひらに「ほお」と感心したような声をあげた。
「体が透けるくらいだから、やっぱり煙草って体に悪いんだよ」わたしは言った。
「死んでまで禁煙をすすめられるとはな」
でたらめに生きてきた報いだと、わたしの父は死ぬ間際まで叔父を叱っていた。叔父は貧しかったので、手術代や入院費を肩代わりしていたのだ。葬儀代も父が払った。「迷惑ばかりかけやがって」と、死んでも叔父を責めていた。
「そうじゃないけど。幽霊も煙草を吸うんだって、びっくりしただけ」
「幽霊って言うなよ」
叔父は悲しい目をして横を向いた。幽霊になったくせに、叔父は「幽霊」と呼ばれるのが嫌いらしい。
「叔父さん」とわたしは呼んだ。「利休鼠ってどういう色か知ってる?」
「あめはふるふるじょうがしまのいそに利休鼠のあめがふる、の利休鼠か」叔父は城ヶ島の歌を(たぶん)正確に歌った。
「利休は茶人なのに、秀吉に切腹を命じられたんだよ」叔父は言った。叔父は物知りなのだ。「利休は死んで鼠に生まれ変わったのさ。利休は鼠になってもお茶会を開いた。鼠の間にも侘び寂びを広めようとしてね。鼠になった利休がお茶を点てるたびに雨がふったという記録が残っている」
「嘘ばっかり」叔父は物知りだが、同じくらい嘘つきでもある。
「本当だよ。その鼠の毛並みが薄墨色で見事だと評判になって、その色を利休鼠と呼ぶようになったんだ」
「鼠のお茶会を見た人がいるの?」
「いくらでもいるよ。ときどきは人間を招待していたからね」
叔父は煙草を窓から捨てると、雨だれ受けの丼鉢に手を伸ばし、あぐらをかいたまま、茶を飲むようなしぐさで雨水を飲んだ。
実体のない叔父の体のなかで水はどうなるのか見守っていたら、水は叔父の体をすり抜け、尻の下にじわじわと水たまりが広がっていったのだった。
わたしは慌てて、雑巾をもらいに階下へ降りていった。
雑巾を手に部屋に戻ると、叔父は悪びれもせず、窓に腰かけて新しい煙草をふかし、やっぱり、体を透きとおらせたり元に戻したりを繰り返していた。叔父の体が透きとおると、叔父の背後に降る雨が仄かに見えてきて、まるで叔父の体の中に雨が降っているように見えるのだった。
「ねえ、叔父さんはどうしてあの島にいたの?」
わたしは濡れた畳を雑巾で拭きながら尋ねた。
「さっちゃんはどうしてここにいるの?」叔父さんは逆にわたしに尋ねた。
「さあ、どうしてだろう」わたしは首をかしげた。
「さあ、どうしてだろう」叔父さんはわたしの口真似をした。「死んだ人はみんなそう言うよ。さあ、どうしてわたしは死んだのだろう」
「神も仏もない?」
「信じてる人はあの世でも信じてる。でも見たという人はいない」
「幽霊になっても会えないのか」
「幽霊って言うなよ」
叔父は悲しい顔になり、深く煙を吸いこむと、そのままどこまでも透きとおっていき、しまいに消えていった。煙だけがくうかんに漂っていた。
しばらくして、屋根の上からガタガタ音がするので傘をさして外に出てみると、食堂兼民宿の主人が屋根に上りブルーシートを広げているところだった。
「明日の朝まで降り続くというからさ。みっともないけど応急処置ってところさ」
おかみさんも、傘をさして屋根を見上げていた。
「どうもすいません」
「なにもあんたが謝ることはないさ」おかみさんは笑った。「ところであんた、煙草を吸うんだねえ」
「え、吸ってました?」
「さっき、あんたが窓に腰かけてぼんやり煙草をふかしているのを、うちのあれが見たって言うんだけど、煙草を吸う人に見えなかったからさ」
「あ、そうなんですか」
「別にかまわないんだよ、火の始末さえ気をつけてくれたら」
それからもしばらくは雨漏りが続いたが、日が暮れかかる頃にぴたりと止んだ。わたしはお礼を言って、丼鉢を厨房に返した。
雨は夜になっても降り続いた。わたしは蒲団をかぶって目を閉じていたが、暗い小島の桟橋に立っている叔父の姿が目に浮かび、ときどきその姿がわたし自身の姿に入れ替わって、悲しくなり、泣いた。いちど泣き出すと無性に寂しくなって、蒲団の端を握りしめながらわんわん泣いた。
12/01/24
りす【栗鼠】
森林にすむ小動物。背中は灰色で、薄い茶色の斑紋(ハンモン)が有る。腹部は白色、尾はふさ状。巧みに木の上を活動する。きねずみ。〔リス科〕
はい。大家さんの庭のモミの木を伐り倒したのは私です。ええ、この斧です。間違いありません。近所のホームセンターで斧を買い、大家さんの留守をねらって庭に侵入しました。伐り倒すのに一時間はかかりました。見事なモミの木でしたから。ええ、木を伐るのは初めてです。斧を斜めに振り下ろすのって案外と難しいですね。わき腹がまだ痛い。こんなところの筋肉、ふだんはあまり使いませんから。途中でノコギリにすべきだったと後悔しました。でも、ノコギリにしたらしたで、斧にするんだったと後悔したでしょう。人間ってそういうものです。え、電動ノコギリ? そうですね、電動ノコギリを使えば楽だったでしょうね。ぜんぜん思いつきませんでした。
いえ、モミの木を盗むなんて馬鹿げてます。盗むつもりで伐ったんじゃありません。だいいち、どうやって運び出すんですか。あくまで、モミの木を伐り倒すのが目的だったんです。倒れた後のことは考えませんでした。伐り倒しさえすればよかったんです。どの方向に倒そうなんて計算はしてません。どっちへ倒れるか神のみぞ知るです。
いや、ですから、モミの木が大家さんの家に倒れるなんて予想しなかったんです。もちろんびっくりしました。あ、あ、あーってくらいです。夢でも見てるみたいでした。まさか、あんなに見事に屋根を押し潰すなんて。え? 違います。大家さんの家を壊すためにモミの木を伐り倒したんじゃありません。モミの木を伐り倒したかっただけです。大家さんの家が壊れたのは事故、偶然の事故です。だって、考えてみてください、大家さんの家を壊して私に何の得があるっていうんですか。
はい、そうです。アパートと大家さんの敷地の間には塀があります。その塀を越えてモミの木が枝を伸ばして、先端はアパートの屋根に届いていました。そのこと自体は気にしてません。日照権とか、昼間はほとんど部屋にいないので関係ない。仕事ですか? 工場で働いてます。タオル工場です。主におしぼりを作っています。けっこう重労働です。夕方は毎日へとへとです。だから夜はぐっすり寝たいんです。友だちはいません。酒も飲みません。働いて食って寝るだけの毎日です。寝ることは大事です。人間はね、一生の三分の一を寝てるんですよ。眠りの邪魔をする者がいたら誰だろうと許しません。
こんな性格だから結婚できないんでしょうね。いえ、したいとは思わない。奥さんをもらったって、しょせんは他人ですから。面倒なだけです。性行為もしたくない。性欲はありますよ、人並みに。でも性行為のために時間を無駄にしたくない。お金を使いたくない。性欲は自分で処理します。それがいちばん簡単です。生まれてからずっとそうです。いえ、寂しいとは思いません。結婚したって寂しい人は寂しいんです。
いや、私の性欲なんてどうでもいいんです。問題は栗鼠です。
私がね、どうしてモミの木を伐り倒したかっていうと、栗鼠なんです。栗鼠がね、枝を伝ってアパートの屋根に飛び移り、私の部屋に侵入してくるんです。栗鼠の習性、知ってますか? 木の実を土に埋めて隠すんです。後で掘り出して食べるために。でもその栗鼠はちょっと変わったやつで、よりによって私の口の中に胡桃を隠そうとするんですよ。こんな大きな胡桃です。寝ている私の額によじ上って口をこじ開け、胡桃を無理やり押し込むんです。窒息しかけて飛び起きます。二個も三個もぐいぐい押し込められたことだってあります。
さあ、どうしてでしょう。理由は栗鼠に聞いてください。栗鼠を捕まえられたらの話ですけど。すばしっこいですよ。私が吐き出した胡桃を抱えて一目散に逃げ去ります。捕まえようったって無駄。柱を伝って天井板を押し上げて屋根裏に逃げ込みます。見えるのはいつも尻尾だけです。ええ、シマシマの模様がある尻尾。
それが毎晩なんですからたまりませんよ。睡眠不足で気が狂いそうです。もちろん大家さんに相談しました。でも大家さんは私の話をまともに聞いてくれません。せめて証拠になる胡桃があればいいのですが、ないものは仕方ない。せめて、アパートの屋根にかかる枝を剪らせてくれと頼みましたが、許してはくれませんでした。
鼠取り? もちろん試しました。五個も六個も蒲団の回りに仕掛けて寝ました。でも無駄です。いろいろ餌を変えてみましたが、栗鼠は食いきれない胡桃を隠そうと私の部屋にやってくるのですから、空腹のはずがないんです。
でもね、それだけならまだ我慢できます。いずれ近いうちに栗鼠は冬眠に入る。春がきたら状況が変わるだろう。もう少しの辛抱だ。そう自分に言い聞かせていました。
我慢できなくなったのは昨夜です。昨夜は私にしては珍しく、なかなか寝つけなかったのです。それで、目だけ閉じて栗鼠の到来を待つでもなく待っていました。目覚めながら栗鼠を待つなんて初めてです。やがて、天井でカタッと音がして栗鼠がやってきました。栗鼠は、私が仕掛けた鼠取りの間を縫って枕元までくると、そのまま額によじ上るのかと思いきや、私の耳に鼻先を差し込んで、そっと囁いたんですよ。いえ、何を囁いたかは言えません。言えないくらい屈辱的なことです。一瞬で血の気が引きました。毎晩、眠っている頭にこんなことを吹き込まれていたのかと思うと、悔し涙があふれました。同時に、栗鼠を絶対に許さないと誓いました。
栗鼠はきっと、私が狸寝入りをしていると気づいていたのでしょう。その日は胡桃を抱えてそのまま帰っていきました。
明くる朝、というのは今朝のことですが、私は工場に電話を入れて欠勤しました。そうしてホームセンターに行って斧を買ってきたのです。それからのことは前に話したとおりです。だから私はつまり、栗鼠を退治しようとして栗鼠の巣があるモミの木を伐り倒したのであって、大家の家が壊れたのは偶然でしかないんです。ええ、おっしゃるとおり思慮が足りなかったのかもしれません。でも、住宅地の中ですからどの方向に倒したって何かは壊していたはずです。
はい。懲役刑は覚悟してます。と言うか、むしろ望んでます。刑務所はいわば密室なわけでしょう。栗鼠が侵入してくる隙間はありませんよね。でしたら、安心して眠れそうです。いまのところ私の望みはそれだけです。
12/01/24
るしゃな【盧遮那】
「毘盧遮那ビルシャナ仏」の略。(「毘盧遮那仏」=知徳の光で全宇宙をあまねく照らすとされる仏。〔密教では大日如来〕)
引っ越しをした。妻が男を作って逃げたからだ。
ある晩、仕事場から帰ると妻の姿はなく、代わりに離婚届がテーブルに置いてあった。妻のサインと捺印はすでにしてある。置き手紙らしきものはなかったが状況はほぼ呑み込めた。ははん、男と逃げたのだなと。まあ、これくらいあっさりと去ってくれたほうが私としても、後腐れがなくてむしろ気持ちがいいくらいだ。
それで、私のしたことといえば妻と住んでいた賃貸マンションを引き払い、仕事場として借りていた部屋に引っ越したことくらいだ。私は一人で建築事務所を経営している。なぜ妻の心が私から離れたかというと、私の収入が落ち込んで明るい見通しが立たなくなったからだが、なに、贅沢さえ慎めば充分にやっていけるのだ。仕事場にしている部屋は、泊まり込みで仕事をする日も多いので必要最低限の日用品は揃えていたから、元の家から運んだものはそう多くない。家電品でいえば洗濯機くらいのものだ。
それでもまあ、引っ越しは引っ越しに違いなく、煩瑣な雑用に追われて離婚届のほうは後回しにしているうち、どこに紛れ込んだものやら失せてしまった。どこをどう引っかき回しても出てこないのだ。
ああ、まずいな。妻に連絡してもう一度サインを、と思っても連絡先がわからない。行き先を告げて駆け落ちする馬鹿はいないのだ。
「無理して独立なんてするからよ。このええかっこしい」
妻はさかんに私を責めたが、なんのことはない、妻が駆け落ちした相手は私より生活力のない、ただのやさ男だった。どうせ口車に乗せられたのだろう。男には腹が立ったが、あの程度の男に騙された妻が憐れでもあった。妻を憐れむとその反作用で優越感がちょっぴり込み上げてきた。
妻のためにもさっさと離婚届にサインをして手続きをすませたいと思うが、肝心の離婚届が見当たらないのだからどうしようもない。だいたい、離婚届に自分だけサインをして出ていくという妻の遣り口が卑怯だったのだ。私は別に困らないが妻は困るだろう。しかしそれも自業自得というものだ。
まあいいや。離婚届がこの部屋のどこかにあるのは間違いない。そのうちひょっこり出てくるだろう。あきらめて、ベランダでごとごと洗濯機を回した。なぜ引っ越しの初日に、しかも空が暗くなりかけてから急に洗濯を始めたのかわからない。でも洗濯物の渦を眺めていると、消えてしまった離婚届のありかを思い出せそうな気がしてくる。もちろん洗濯物の渦と離婚届との間にはなんの関係性もない。私が思い出そうとしているのは別のなにかかもしれない。でもなにかってなんだ? なにかってなんだってなにか? なにかってなんだってなにかってなんだ?
玄関のチャイムが鳴ったのはそのときだった。
らちの開かない物思いを捨て、私は玄関に直行した。ドアの覗きレンズを覗いたら外に宅配便の配達員が立っている。ウミガメ印の宅配便だが、なぜ宅配便のキャラクターがウミガメなのかわからない。でもそれはどうでもいいことだ。得意先に頼んでおいた資料が届いたのだろう。配達員の抱えている箱はちょうどそれくらいの大きさだった。
ドアを開けると黄金色の光が玄関にどっと差し込み目がくらんだ。玄関が真西を向いているので西日がまともに照りつけるのだ。逆光になった配達員の顔が黒ずんでよく見えない。しかし「お届けに上がりました」という無愛想な声になぜか聞き覚えがあった。誰だったかな、と首を傾げていると、押しつけられるように荷物を手渡された。意外なくらい軽い荷物だった。中身はからっぽではないかと思ったくらいだ。
「サインか印鑑を」突っ慳貪に配達員は言った。
「じゃ、ボールペンを貸してもらえますか」
私は憤懣を押し殺し、配達員の胸ポケットにあるボールペンを指差した。
ボールペンを借り、配達員が差し出した伝票にサインをしようと下を向いた。そのとき初めて、配達員が裸足だということに気づいた。まったくの素足で玄関先に立っていたのだ。え、なぜ? サインの途中で首を上げた途端、ごつい拳が飛んできた。顔面に衝撃が走り、一瞬、暗くなった目の中で火花が散った。私は物凄い力で背中から吹っ飛び、その勢いで床板を滑り突き当たりの壁に頭を打ちつけた。痛いよりも怖ろしかった。理由はわからないが殺されると思った。
西日を背負い、配達員はとてつもない大男に見えた。いつの間に大きくなったのか、ゆらゆらと巨体を揺らして背を屈めドアの内に踏み込んでくる。ゆったりとした動作に見覚えのあるような気もするが思い出せない。男がそのまま玄関に上がり襲ってくるのかと覚悟したが、彼は足下に転がっていた荷物の上に伝票の控えを置き、何も言わずに去っていった。
ドアが閉じると西日も閉ざされ、玄関は元の薄闇に沈んだ。ただ、きな臭い匂いだけが残った。箱を開けてみると、やはり中身は空っぽだった。紙切れの一枚も入っていない。伝票を見れば送り主は、さるまた県さるまた市のさるまた株式会社。悪い冗談だ。私のサインは名字の途中で切れていた。緊張が解け、警察に通報する気も失せた。
ベランダで洗濯機がピーピー鳴った。洗濯が終わったのだ。
私はベランダに戻り、洗濯物を干していった。妻のズロースが一枚、なぜか混じっていた。どうしようか迷ったが、洗濯ばさみにはさんで吊り下げた。捨てるにしたって、乾かしてからでないと気持ちが悪い。
配達員に殴られた頬はいつまでもひりひり痛んだ。あれだけ強く殴られたのに骨に異常はなさそうで、その代わり皮膚の表面が焼けつくように熱い。
道路を隔てた向こうにカラオケルームのビルがあり、ブラインドを下ろして暗い窓に夕陽が映っていた。ビルの谷間に落ちかかった夕陽は赤々と映え、輪郭がくっきりとして存在感を際立たせていた。なぜか夕陽に見られているような気がした。男に殴られた頬は、夕陽に呼応して痛みを増すような気がした。
あの男は何者だったのか。私は窓に映った夕陽と妻のズロースをひとつの視界の内に眺め、ひょっとしてあれは神さまだったのではないかと、なぜかしら唐突に思った。