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谷隆一の「僕だってこんな本を読んできたけど…」

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『不動心――坂本博之』 加茂佳子 企画・構成

2009/12/03

殺気で倒す! なんて、もう流行らないの?
ああ、懐かしき名ボクサーたち

「俺は、たとえ試合の後半まで大差のポイントで勝っていても、安全運転をして勝ち逃げしようとしたり、逆転を恐れて、倒せるチャンスを放棄するようなマネは絶対にしたくない。/チャンスと見たら、一気に攻め立てる。/『内容はどうでも、勝てばいい』/そういう考え方は俺の性にも考えにも合わないんだ」

いきなり引用から始めましたが、この言葉に「坂本博之」というプロボクサーのすべてが詰まっているような気がします。

坂本さんは、元日本ライト級チャンピオン、元東洋太平洋ライト級チャンピオンで、世界タイトルマッチを4度戦うも、ついに世界チャンピオンになることなく引退した名ボクサーです。生い立ちが過酷で、日々の食事に困り窃盗をしたこともあったようで、一時期は、児童養護施設で過ごしたこともありました。その半生は、テレビのドキュメンタリー番組でも何度か取り上げられていたので、ご存知の方も多いでしょう。

日本テレビが出版したこの本は、坂本さんの語りを読みやすくまとめている感じで、20分もあれば読めるほど親しみやすいものですが、印象的な部分がいくつかあります。そのうちの一つが、坂本さんのボクシング観。「平成のKOキング」とまで呼ばれた豪腕の坂本さんですが、倒すのはパンチ力ではなく、「気」だと言います。

「俺には昔から、『殺気と拳の力は比例する』という考えがあって、殺気を出すことによってパンチの力は増強するって信じてきた」

で、さらにこう続けます。

「じゃあ、精神力が強い者同士だったらどうなるか。/それは凄い試合になるよ」

凄い試合――ぼくたちはそれをはっきりと記憶しています。坂本さんにとっては負けた試合ですが、そのときの世界チャンピオンだった畑山隆則さんとのタイトルマッチは、タイトルマッチなんてことは二の次にした、男と男の意地のぶつかり合いでした。中盤以降、耳から血を噴き出しながら戦う坂本さんの姿は、忘れられません。そして、ほれぼれするような畑山さんのワンツーを喰らい、ゆっくりと崩れていく坂本さんのダウンシーンも......。

この試合は2000年10月11日に行われているのですが、同じ月に、畑山さんとは多少の因縁があった渡辺雄二さんというプロボクサーが引退しています。実は、渡辺さんは私にとって特別な存在です。というのも、私が初めてインタビューした相手が、渡辺さんなんです。

で、そのボクサー人生を書かせていただいた際、私は書き出しで、坂本さんと畑山さんの試合のことをちらりと触れました。それでハッキリと覚えているんですが、あの試合は、TBS系列で約25%(関東)もの視聴率を獲得していたんですね。

そういえばつい最近、25%をはるかに上回る視聴率を得た、注目の一戦がありました。でも、あれって、坂本さんの言葉を借りれば、「殺気」なんてあったのかなぁ。

坂本さん×畑山さん、畑山さんでいえば、史上最高の日本タイトルマッチと言われたコウジ有沢戦、日本ボクシング史最高の名試合と評判の高橋ナオトさん×マーク堀越さん――挙げればキリがないけど、勝つか負けるかじゃなく、倒すか倒されるかの試合こそを「意地のぶつかり合い」というわけで、少なくとも、途中の採点を聞いて、さばくラウンドを作っちゃうなんていうのは、大言吐く選手にあってはならないことと思うんだけど......。

あ、別にぼくは、彼ら――というか、世間的には特に亀田興毅さんに対してなんだろうけど、アンチというわけじゃないんです。ぼくは、すべてのプロボクサーを無条件に尊敬していますから。

ノンフィクションライターの故・佐瀬稔さんが、その著書『感情的ボクシング論』で、この現代の飽食の時代に、わざわざボクシングなどというストイックなスポーツに飛び込む若者を尊敬せずにいられないといった趣旨のことを書いています。ぼくもまったく同感です。

でも、そういう彼らだからこそ、判定による勝ち負けを競うのではなく、やるかやられるかという、命の削り合いを見せられるはずなんですよね。ぼくたちはその姿に感動するわけじゃないですか。

先述の渡辺さんはインタビューの際、「いつも相手を殺すつもりでリングに上がったし、それで死ぬことが相手にとっても本望だろうと思っていた」と言っていました。まさに殺気ですよね。ちなみに、渡辺さんは25勝23KO5敗1引き分けという戦績で、5敗もすべてKO負けだったはずです。文字通り、やるかやられるか、というボクシングスタイル。坂本さんが言う「殺気と拳の力は比例する」というのは、本当かもしれません。

そういう男気ある選手を思い出すにつれ、先日のタイトルマッチにはどうにも違和感を覚えます。勝ちゃあ、いいのか? せっかく騒がれて戦うなら、やっぱりそれらしいプロのスタイルがあるんじゃないの? なんて。

いや、繰り返しますが、アンチじゃないですよ。ただ、どっちが勝ってももっと熱くて爽やかな試合にできたはずなのに......って、とても残念に思っているだけなんです。

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