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谷隆一の「僕だってこんな本を読んできたけど…」

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『聖堂の日の丸 奄美カトリック迫害と天皇教』 宮下正昭

2009/10/05

綿密かつ豊富な取材に基づく力作。
記録として素晴らしいが、読むのは疲れる

ぼく自身はちょっと仕事上の理由があってこの本(南方新社)を読んだのですが、読み物として面白いかと聞かれると、正直微妙な一冊です。

ただ、記録としては素晴らしいし、取材・執筆を職業とする端くれとして、大いに刺激を受けました。

この本をお薦めするとするなら、以下の人たちには、有意義ではないかと思います。

 ・キリスト教迫害に興味がある
 ・地域共同体(の負の面)に興味がある
 ・戦時下の日本軍の人心支配に興味がある
 ・ポピュリズムに興味がある
 ・奄美大島に興味がある

本書は大正から昭和初期にかけて奄美大島で起こったカトリック迫害の事実を追ったドキュメントで、証言者が実名(ときに写真入り)で登場する、その意味ではなかなか生々しい内容です。迫害のクライマックスとして、教会の炎上があるのですが、その当時、放火だと噂されます。この著者は、その実行犯と疑われた男性にも、直撃取材を試みるんですね。男性はすでに80代で、答えている内容に特異性はないのですが、迫害される側、迫害する側の両方に公正にあたっていく取材姿勢は好感持てます。

で、結論というか、本書のテーマとしては、「大衆」というものの恐ろしさがにじみ出ます。最近の政治を見ていても感じることですが、「衆愚政治」とはよく言ったものです。「空気」で感情が激化し、感情が過剰な行動を生み出してしまう――。

著者は奄美大島を日本全体の縮図と捉えているのですが、その視点は、割と重要なものに感じました。つまり、島国、ということです。地域共同体特有の暗黙のルールとか既存のしがらみとか人間関係とかがあって、そういうどろどろしたものが、理性だけでは抑えきれない大きなうねりを生むことがあるわけです。人間社会の面白さであり、怖さですね。

そう、一応付記しておきますが、奄美大島ではカトリック信者が大正時代の一時期、急速に増えたことがあるそうです。その背景には、島民が本土(特に薩摩=鹿児島)から隷属的扱いを受けていたこと、それまで、ユタなどの土着宗教以外にこれといった宗教がなかったこと、などが挙げられるようです。カトリックというか、キリスト教が根付きやすいベースがあったのですね。

面白いといっていいか分かりませんが、なぜカトリックだったかというと、プロテスタントより数日早く布教されたからだそうです。カトリック神父に続いて数日後に入島したプロテスタント牧師は、「住民のカトリック熱を見て、(中略)沖縄へ去った」そうです。そのぐらい、急速にカトリックが広まったわけですね。

見ようによってはその広まりもまた「大衆」であり、それを畏怖した「大衆」が迫害を行ったと言えるのかもしれません。

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