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谷隆一の「僕だってこんな本を読んできたけど…」

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『ジョン万次郎漂流記』 井伏鱒二

2009/08/30

文字通りの「肉食男」。
その生き方に、情緒など不要なのだ!

直木賞(第6回)受賞作品だそうです。西東京市立保谷中学校で図書館専門員が話すのを聞き、初めて知りました。

あ、いや、7月22日のことなのですが、同校で、市内6校の中学生による「合同書評会」というのがあったんです。で、その課題図書のひとつが、この作品。皆既日食をよそに、約40人の生徒たちが、お互い遠慮しながらも、ちょっとずつ本音を出し合って意見を交わしました。

まあその意見交換はともかく、そんなわけで、興味を持って私も読んでみたわけです。しかしこれ、中学生に読めたのかなぁ。

とにかく、硬派な文章が素晴らしい。生チョロイ情緒など一切排除し、事実以外は徹底して書かない。象徴的なのは12年ぶりに実家に帰るくだりで、そのいかにもドラマチックな場面を、下記のように書くんです。

「万次郎は十月五日に生れ在所の中ノ浜に帰って来た。家を出てから十二年目である。彼の母はまだ健在であった」

――と、それだけ。

しびれます。
しかもこの文体がまた、万次郎の生き方に実に合っているんです。

ジョン万次郎についてはみなさんご存じと思いますが、土佐沖で遭難しているところをアメリカ船に拾われ、長い航海の後にアメリカに上陸。教育を受け、英語もマスターし、密航のようにして帰国してからは、幕末期にアメリカとの折衝で活躍した人物です。

その生き方は、とにかくタフ。漂流して無人島で約4カ月ほど生き抜くのですが、群れをなすアホウドリを捕まえて、生のままムシャムシャやるんですね。中学生の意見で「私なら死んでしまうと思います」というのがありましたが、ハイ、私も同感です。

ともあれ、その生き方からは多くを学ばされます。とどのつまり、妙なこだわりに執着するのでなく、来るべきもの、起こったあれこれに、柔軟に、そして真剣に向き合うことが大事なのでしょう。万次郎は、アメリカに渡ったのち、ゴールドラッシュに沸くカリフォルニアにまで足を伸ばしているんですね。要するに、そういう時宜を得た柔軟な、ある意味、ミーハーな姿勢が、人生を楽しく(たくましく)送るコツかもしれません。

ところで、例によってウィキペディアで面白い記述を見つけました。いま、30周年といってガンダムが話題になっていますが、ガンダムシリーズの制作者、富野由悠季さんは『黒い雨』に影響を受けていたそうです。で、それを知った井伏は、逆にガンダムの大ファンになったそうです。こんなエピソードが紹介されています。

目の前に猫が飛び出してきたときのこと。素早く逃げていったそうですが、そのとき井伏がこうつぶやいたそうです。
「は、速い、シャアか?」

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