2012/01/24
るりこうにょらい【瑠璃光如来】
薬師如来。(「薬師如来」=一切の人間の病気を治すという如来)
引っ越しをした。妻が男を作って逃げたからだ。
ある晩、仕事場から帰ると妻の姿はなく、代わりに離婚届がテーブルに置いてあった。妻のサインと捺印はすでにしてある。置き手紙らしきものはなかったが状況はほぼ呑み込めた。ははん、男と逃げたのだなと。まあ、これくらいあっさりと去ってくれたほうが私としても、後腐れがなくてむしろ気持ちがいいくらいだ。
それで、私のしたことといえば妻と住んでいた賃貸マンションを引き払い、仕事場として借りていた部屋に引っ越したことくらいだ。私は一人で建築事務所を経営している。なぜ妻の心が私から離れたかというと、私の収入が落ち込んで明るい見通しが立たなくなったからだが、なに、贅沢さえ慎めば充分にやっていけるのだ。仕事場にしている部屋は、泊まり込みで仕事をする日も多いので必要最低限の日用品は揃えていたから、元の家から運んだものはそう多くない。生き物でいえばサボテンくらいのものだ。
サボテンは妻が趣味で集めていた。私たちには子供もいないし、マンションだからペットも飼えない。それで妻は、口をきかず歩きもしないペットとしてサボテンを飼っていたのだ。そう、妻はサボテンを「育てている」でなしに「飼っている」と言った。「うちで飼っているサボテンが花を咲かせたのよ」とか。もちろん真顔で。
ある種の俗説のようにサボテンが人語を理解するとは信じていなかったが、それでも妻は「○○ちゃん」などとサボテンをちゃん付けで呼び、まめに話しかけていた。そうすると花がきれいに咲くのだと小学生のとき先生に教わったらしい。
それで気晴らしになるのだったら止めさせる理由はない。サボテンを見てると確かに、その静かなたたずまいは内省的な生き物に見えなくもない。サボテンへの妻のささやきに聞き耳を立てたことがあるが、妻はなにやら人生相談めいた話をサボテン相手にしていたので、思わず私はのけぞった。いまにして思えばあのときすでに妻は病んでいた。病んでいたのでなければ、どうして生活力のないやさ男なんかと駆け落ちするだろう。
廃品業者には「なまものは駄目なんで」と処分を断られ、引き取ってくれそうな友人もいない。仕方なしに事務所兼住居となった部屋のベランダに棚を置いて並べた。水もやらずに放っているが、サボテンは苦もなく生きている。サボテンに意識があるとは信じないが、いざ妻に去られてしまうと、サボテンに妻の妄念が残っているようで少々怖ろしくもある。さんざん妻の病を吹き込まれた彼らは、丸っこい形であれ、柱状であれ、うちわ型であれ、沈思黙考にふけって「むむ」とか唸っているように見えてしまう。
ある日、建築現場から戻ってみるとベランダが荒らされていた。棚に置いたサボテンのうち、最下段にあったひとつが倒され、無惨に食い散らされていたのだ。なんだか、猛禽類にやられた小動物みたいで痛ましかった。飛び下り自殺者の、脳味噌が飛び散った死体の写真を見たことがあるがあれに似ていた。誰の仕業だ。ネズミかカラスくらいしか思い浮かばないが、ネズミやカラスがサボテンを食うなどとは聞いたことがない。犯人の正体がつかめないのでは対策の立てようがない。しばらく様子を見ることにしたが、案外早く犯人は姿を現した。
翌朝、歯を磨きながらベランダに出てみたら、なんとイグアナがサボテンを食べていたのだ。びっくりして、思わず口から泡を吹き出した。
イグアナが振り向いた。私はイグアナと目を合わせた。イグアナの眼差しは涼しかった。しばらくじっとしていたが、棒立ちの私を敵ではないと見定めたのか、前に向き直り平然とサボテンに食らいついた。棘などなんのその、ばりばり噛みちぎって飲み下している。その泰然自若とした後ろ姿に私は恐れ入った。
イグアナは体長六十センチくらい。体表は目の覚めるように鮮やかな緑色をして、背中に青紫色のまだら模様がある。その青紫色が陽射しを受けて宝石のように輝くのだ。怖いというより美しさに息を呑み、私は後ずさりして部屋に戻りアルミサッシをそっと閉め、ガラス越しにイグアナを観察した。イグアナはサボテンを食い散らすと、落ち着き払った態度で回れ右をし、悠然と私の目の前を通りすぎ、ベランダの仕切りの下をくぐって隣のベランダへと消えていった。
あ、なるほどね。イグアナは隣人のペットなのか。ベランダに放していたら、イグアナはこちらのサボテンに目をつけてやってきたわけだ。わかってしまえば不思議でもなんでもない。よくわからないが、サボテンを見れば食いつくのはイグアナの習性なのだろう。イグアナに罪はない。罪を問われるべきは隣の住人だが、日頃から付き合いはなく、どんな人なのか顔も知らないのに苦情を申し立てに行くのは気が引けた。隣人がまともだったらよいが、相手によっては隣人トラブル、果ては殺人事件に発展しかねない。殺人事件は得てしてこういうつまらぬことが発端になるのだ。
そうすると、次善の策として思いつくのは、イグアナが侵入してこないよう仕切りの下に障害物を置くことで、これがいちばん手っ取り早い。善は急げで、適当な障害物を探して部屋の中を引っかき回しているうち、まあいいや、イグアナの好きにさせようと気分が変わった。イグアナがサボテンを食べてくれるなら邪魔だてする理由はない。サボテンを食べてくれるということは、妻の病んだ妄念を始末してくれるということでもある。それなら好きなだけ食べさせてやればいいではないか。あはっ、まるで問題ない。
私はイグアナが食べやすいようサボテンを棚から下ろしてベランダの隅に並べた。イグアナは決まって朝の七時から八時にかけてやって来た。そうしてサボテンをひとつずつ食い散らかしては帰っていった。私は毎朝、イグアナの到来を心待ちにするようになった。イグアナの鮮やかな体表に魅せられた。特に背中の青紫色のまだら模様は、光の当たり方によっては虹色が走った。それを目にするたび私は胸が涼しくなる思いがした。薄荷のようなものが喉をすっと降りていく心地がした。一種の浄化作用かもしれない。イグアナの背中のまだら模様から、ふと、青紫色の神さまが涼しげな顔をして立ち上がった気がしたのだった。
しかし、終止符は唐突に打たれた。
ある日の夕方、玄関のチャイムが鳴りドアを開けてみると、いかにも水商売ふうのけばけばしい女が死んだイグアナを抱いて立っていた。「あの、隣の者なんですけど」と女は言った。「おたくのベランダのサボテンをうちのイグアナちゃんが食べて、棘を喉に詰まらせて死んだのよ」と女は詰め寄った。「知ってたんでしょう? そんな危険なものを食べさせておいて、どうして放っておいたのよ」
「ふざけるな」と私は言い返したが、情夫らしい男が女の後ろに立ち、私を無言で威嚇した。私は慰謝料として三万円を渡した。それで女は満足していた。
はあ。私はため息をついた。
サボテンはふたつ残っていた。そういえばサボテンのステーキなる料理があったよな、と思い出し、表皮の棘をていねいに抜き取り、水洗いをして輪切りにしフライパンで炒めてみた。サボテンは苦かった。舌がひりひりし、とても食えたものではなかった。