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志賀泉の「新明解国語辞典小説」

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ねのほし

2010/09/01

ねのほし【子(の)星】
〔全国各地、奄美方言〕北極星。

 根津三郎は名前のとおり根津家の三男だ。三郎が自分で自分につけたあだ名は「ねずみ」だが、誰も彼をあだ名で呼ばなかった。「ねずみ」と呼ぶには体が大きかったし、性格も真っ直ぐだ。要するに名字以外は、彼はちっとも「ねずみ」らしくはなかった。
 僕が子供の頃、根津家といえば町内で知らない者はなかった。大工の父、専業主婦の母の下に五男四女の子供がいる大家族で、大家族が貧乏というのはテレビが植えつけた安直なイメージだろうが、根津家は誰の目から見ても貧乏だった。父は働き者だが、こう次から次へと子供を作ったのでは出費に稼ぎが追いつかない。二間きりの町営住宅ではどうにも手狭で、解体した洋館から出た材料で勝手に子供部屋を増築したが、寸法の合わない部品を無理やり継ぎ接ぎした結果、建築のパッチワークとでも言うべき妙ちくりんな小屋に仕上がった。
「ねずみの巣だよ」と三郎は言った。「おれの家はねずみの巣だ」
 僕が根津家に初めて遊びに行ったのは小学五年の春。僕は転校してきたばかりだった。六畳の子供部屋はおしっこ臭い蒲団が敷きっぱなしで、幼い弟と妹が取っ組み合い転げ回っていた。誰がどの蒲団という決まりはなく、それぞれが適当な場所で掛け布団をかぶり勝手に寝るという。
「ねずみの巣」とは言い得て妙だが、三郎の言い方は自嘲とか卑下とかいう生やさしいものではなく、はっきりした憎しみが込められていた。五年生くらいになれば、親が何をすれば子供ができるのかいちおうのことは知っている。子宝と言えば聞こえはいいが、要するに親が節度を知らないのだ。
 僕はマンション住まいの一人っ子で、おまけに親が離婚して母と二人暮らしだから、三郎の家はなおさら凄絶なものに思えた。
きょうだいどころか僕は父の顔も知らない。根津家にくらべれば僕の家など無菌室に等しい。僕は無菌室で実験的に飼育されている何かだ。三郎は決して気の合う友だちではなかったが、それでも頻繁に三郎の家へ遊びに行ったのは、つまり家族に憧れていたからだと思う。大勢のきょうだいと取っ組み合ってふざけ合うのは愉快だった。
 猫の額みたいな庭をつぶして小屋を作ったものだから洗濯物を干す場所がない。三郎の父は屋根の上に物干し台を作った。低い屋根が集まった町営住宅の一帯で、嫌が上でもそれは目立った。十一人分の洗濯物が屋根の上にひるがえる景色は壮観だ。生きてるぞ、と空に向かって高らかに謳っているようなものだ。
「船みたいだ」物干し台に上り、僕は感激した。「まるで大漁旗だ」
「大漁旗が重くて沈没するかもよ」僕の興奮とは反対に、三郎は苦い顔をしていた。
 そのころの僕は、金持ちとか貧乏とかを価値判断の基準に持たなかった。それは僕が、その中間あたりの家庭環境で育ったせいかもしれない。母はキャリアウーマンだ。根津家はたしかに貧乏だったが、きょうだいが多いぶん僕の家にはない豊かさがあった。たぶん僕は無邪気すぎたのだろう。
 あれは中学生になってからのことだ。同級生とおしゃべりをしていて、三郎の家を説明するのに、うっかり「ねずみの巣」と言ってしまったことがある。三郎は怒り、放課後に僕を通学路で待ち伏せし、殴った。僕の頬を拳で殴ったのだ。僕は混乱した。僕を殴らなければ気が済まなかったくらい、三郎は深く傷ついていたのだ。殴られた痛みより、そっちのほうがショックだった。
「ねずみの巣って、最初に言ったのは三郎じゃないか」
「自分で言うのと他人に言われるのとじゃわけが違う」三郎は足下に唾を吐いた。「俺は好きこのんであの家に生まれたわけじゃねえんだ」
 胸を衝かれた。「好きこのんであの家に生まれたわけじゃねえ」のは、僕が自分の家に対して抱いていた感情だったからだ。
 この出来事で僕が学んだ真理がひとつある。それはこういうことだ。
「人間は誰でも、自分は不当な運命を強いられていると考えている」

 町内で根津家が有名だったのは貧乏のせいばかりではない。根津家のきょうだいはみんな優秀なスポーツ選手に育った。
 たぶん、運動能力に秀でたDNAが一族の血に組み込まれていたのだろう。しかしそれ以上に、彼らには体を鍛えなければならない切実な理由があった。特待生に選ばれて学費を免除されるのでなければ、上の学校に進めなかったのだ。勉強はきょうだいそろってからきし駄目だったから、スポーツに賭けるしかない。それに、スポーツ特待生のために合宿所をもうけている学校も多い。要するにみんな、一刻も早く自分の家を出たかったのだ。
 僕と三郎は小・中学校と同級生だったが、高校までいっしょになるとは思ってもみなかった。私立大の附属高校で、レベルは高い。僕はふつうに試験を受けて入学したが、三郎は柔道の実力を買われて特待生に選ばれた。三郎は中学生の全国大会で準々決勝まで勝ち進んだ実績があるのだ。
「頑張ればオリンピックの強化選手にだって選ばれる」入学式の日、三郎は異様なくらい目を輝かせていた。「ねずみの巣から出て世界に行くんだよ」と。
 生まれつき自分の背中にはしっかりと、日の丸が縫いつけられてあるとでも言い出しそうだった。
 ところで、その附属高にはもう一人、根津家のきょうだいがいた。三郎のひとつ上の姉、長女の敏子だ。彼女は陸上部のスポーツ特待生で、女子棒高跳びの県記録保持者だった。
 僕は彼女を通して、根津家のもうひとつの一面を知ることとなった。それは、性的に早熟ということだ。
 入学早々、敏子はわざわざ一年生の教室にやって来て僕を捜し出し、声をかけてきた。久し振りで会った彼女は極端なショートヘアで、精悍な目をしていた。まるで獲物を狩りに来た肉食獣だった。そう、僕は恰好の獲物だったのだ。次の週の日曜日、僕は敏子に誘われて二人で映画を観て、帰り道、有無を言わせずホテルに連れ込まれた。
驚くべきことに、彼女は高校二年生にしてセックスの熟練者だった。初体験は十三歳だと聞いてまた吃驚した。十三といえば僕が自慰を覚えた歳だ。
「血は争えないのかもね」と敏子は言った。「本能のままなのよ」
 一瞬ひやっとした。敏子が僕の子供を欲しがってると思ったからだ。
「でもあたしは親ほど馬鹿じゃないから。これからって時に妊娠なんてしてられない」
 彼女は完璧な避妊を要求した。僕はもちろん初体験だ。キスをするのも服を脱がすのも全裸を見るのも避妊具をつけるのも、何から何まで初めてだった。
 敏子は合宿所から学校に通い、もちろんトレーニング漬けの毎日だから、自由時間といったら日曜日の夕方くらいしかないのだが、その貴重な時間を使って僕たちはデートを重ねた。敏子とのセックスはまるでスポーツだった。アクロバット的な体位を二人で編み出しては挑戦し、最後はバーを飛び越えるようにして興奮の極みに達した。
 今になってあの当時を振り返ってみると、僕は敏子の肉体に溺れたというより、彼女の母性に憧れたのだと思う。子供のころから九人きょうだいの長女として、家事を手伝ったり幼い者の面倒をみたりしてきたのだ。逆に僕の母なんかは、母親であるより一人の女性であることを望んでいた人だ。初めて敏子の鍛え上げられた裸体を目にした時、少々大袈裟な表現かもしれないが、光り輝ける伝説の母神像に出会った気がしたものだ。
 だから、そんな敏子が自分の家を、三郎と同じく「ねずみの巣」と言った時は、少なからずショックを受けた。「ねずみの巣に比べたら合宿所は豪邸よ」と。
「僕は根津家のあの騒々しさが好きなんだけど」僕は言った。「なんか、本当に人間が生きてるって気がして」
「聞いたふうな口きかないでよ」敏子はぴしゃりとはねつけた。「センチメンタルなドラマのセリフみたい。ただ珍しかっただけのくせに」
「たしかに珍しかった。でも好奇心だけで遊びに行ったのは最初だけだ。僕はあのきょうだいの一員になりたかったんだ」
「あんたに何がわかるの? あたしの望みはね、どこかのお金持ちと結婚して、東京の近くに大きな家を買って、一人か二人くらい子供を産んでのんびり暮らすの。車はドライブ用と買い物用と二台あって、週末には友だちも呼んで芝生の庭でバーベキュー大会を開くの。そのためにも、陸上で有名にならなきゃ駄目なのよ」
 僕は悲しくなった。敏子が思い描く夢はとても陳腐で、何の取り柄もない女の子が抱きそうな玉の輿願望だ。そんな下らない夢のために厳しいトレーニングに耐えているなんて、とても信じられなかった。
 でも僕は根津家が好きなんだ。そう言おうとして、口を噤んだ。
結局、僕は他人なのだ。どんなに僕が好きだと言ったって、好きな理由そのものが、当の本人にとっては嫌悪でしかない場合もあるのだ。僕は敏子からも真理を学んだ。それは「いくらセックスを重ねても人と人は分かり合えない」ということだ。

 高校生になって三郎はひと回りも体が大きくなった。もともと、他の何を節約しても食糧だけは不自由させないというのが根津家のモットーだったが、合宿所での気兼ねのいらない食事が三郎をさらに大きくした。
 一年の時はさすがに補欠だったが、二年生の秋には正選手に選ばれ、国体に出場して活躍した。三郎は期待のホープになった。このまま順調にいけば、僕といっしょに上の大学へ上がれるはずだった。
 しかし、思わぬ事故が三郎の夢を奪った。その年の暮れ、練習中の怪我で脊椎を傷めてしまったのだ。手術を終えて退院した時は、柔道のできない体になっていた。三郎は合宿所を出て自分の家に戻った。
 退部をすればスポーツ特待生の資格も失う。最後の一年分の学費くらいなんとかすると親は言ったが、問題は成績だ。スポーツ特待生だから勉学は免除されていた。今までなら、答案用紙に自分の名前を書けば合格点をもらえた。これからはそうはいかない。授業中に居眠りばかりしてきたのに、いきなり試験で及第点をとれと言われても無理な話だ。
 高校二年の三学期、三郎は肩身の狭い思いで学校に通った。傍で見ていても、気の毒を通り越して痛々しいくらいだった。柔道を止めることは、学校に在籍する理由を失うことなのだ。僕の知る限り、誰もそのことで彼を白い目で見たりはしなかった。少なくとも彼自身を除いては。挫折感に加えて彼を苛んでいたのはつまり、一種の被害妄想だった。
「大ねずみ、柔道やめたらただのデブ」
 教室の隅に見つけた落書きに三郎は怒り狂った。放課後、三郎のクラスメイトに呼ばれて彼のクラスに駆けつけた時、三郎は教壇に立ち「犯人を殺す」と怒鳴り散らしていた。彼を怒らせた落書きを探した。予想していたとおりだ。三郎本人の筆跡だった。
「三郎!」僕は大声を出して彼の注意を惹いた。「落ち着けよ、いっしょに帰ろうぜ」
 冷静を装って歩み寄った僕の鼻先に三郎のパンチが飛んできた。ブン、と睫毛に風圧を感じた。
「邪魔すんじゃねえ」三郎は僕の胸ぐらを掴んだ。
 しかし、その十数分後には、帰りの電車の中で僕は三郎と肩を並べていた。
「それにしてもあの落書き、傑作だったな」
 僕は三郎の反応を見た。三郎は憮然とした表情で肩をすくめた。
「そうだよ、俺が自分で考えたんだ」
「暴力事件を起こせば退学になれると考えたんだ。違うか?」
「大した推理だ」
「推理も何も、三郎の考えることは昔から単純なんだよ」
 三郎は吊革に掴まったまま、僕の後頭部を肘で小突いた。どうやら本当だったらしい。
「悲観的になるなよ」僕は続けた。「今度の試験くらい先生は大目に見てくれるさ」
「試験の点数が問題じゃねえ。これは、つまり、俺のプライドの問題なんだ」
「そのプライドで自分の首を絞めちゃ、元も子もないんだがな」
 電車を下りてからも、僕は三郎の家の前までいっしょに歩いた。根津家を見るのは久し振りだった。妙ちくりんな子供部屋も昔のまま、屋根の上の物干し台も、そこに並ぶ洗濯物も、昔のままだった。
「ねずみの巣に逆戻りだ」三郎は物干し台を見上げ溜め息をついた。「人数は減っても、みんな体がでかくなって、むさ苦しいのなんのって」
 彼の心境を思うと僕まで胸が締めつけられる。けれど、同情では誰も救えないのだ。
 自分の努力ではどうにもならないことってある。いや、人生はどうにもならないことの連続で、自分の努力で変えられる範囲なんて、本当は些細なものなのだ。その些細な変更だって、いつ覆るかわからない。
 何が人の運命を決めるのだろう。人の目に見える領域なんて、薄っぺらな表面でしかない。その裏に何が隠されているかなんて誰にもわからない。それでも生きていくしかないのだ。なぜって、それが自分の人生だからだ。どうしようもなく自分の人生だからだ。

 それからもいろいろあったけれど、結果を先に言えば、三郎は高校を中退した。学年末テストを終えたその日に、退学届を先生に提出した。表向きの理由は「どうせ勉強しないのに親に学費を出してもらうのは申し訳ない」だが、本当はやっぱりプライドの問題だったのだろう。
 この問題では敏子からたびたび相談を受けた。(言い忘れたが、彼女は上の大学への進学が決まっていた)。一時は「退学するかしないか」の選択が「自殺するか親を殺すか」の選択に発展して大騒ぎだったのだ。それもしかし、退学でようやく決着がついた。
 三郎が退学届を提出した夜、敏子から電話で呼び出しを受け、自転車に乗って根津家に走った。敏子はパジャマの上にジャンパーを羽織り、玄関先で僕を待っていた。
「試験明けでお疲れのところ本当に悪いんだけど、あれ、慰めてくれる?」敏子は屋根の上を指差した。「家族が説得しても下りてこなくて」
 僕は吃驚した。物干し竿に、先を輪っかにしたロープが下がっていたのだ。
「あ、あれは気にしなくていいから」敏子は顔の前で手を振った。「あれはただのポーズだから。あんなのに三郎がぶら下がったら、首が絞まる前に物干し竿が折れちゃう」
「わかった、物干し竿を折らないよう説得してみるよ」
 三郎は物干し台の隅でうずくまっていた。背中を丸めて、体がやけに小さく見えた。三郎が小さく見えるなんて初めてだ。
「カラスでも捕まえようってのか」僕はロープの輪っかに片手をくぐらせた。
「姉貴に呼ばれたのか」三郎はばつの悪そうな顔をした。「そいつはただのブランコだ」
 僕は三郎の隣に座り、深刻めいた話をしたわけではない。ただ、この物干し台を船に見立てて、幼いきょうだいといっしょに海賊ごっこをした思い出を語っただけだった。
「あれは海賊ごっこじゃなかった。ピーターパンごっこだ」三郎は訂正した。
「似たようなもんだろ」
「同じなもんか。俺はフック船長の役でおまえはピーターパンの役だ。いつだっておまえはいい役をさらっていったんだ。フック船長の最後、おまえ覚えているか?」
「さあ、どうだったかな」
「海に落ちてワニに食われるんだよ」
 僕は息を詰めた。三郎の口調は本当に憎々しかったのだ。本心では、三郎はずっと僕を憎んでいたのかもしれない。
 目の前に下がったロープをあらためて見上げ、戦慄が走った。これは敏子が言うようなポーズじゃない。冗談めかしておきながら、実は必死でサインを送っているのだ。
 僕の心を見透かしたのか、「自殺なんかしねえよ」三郎はさらりと言った。「逆だよ。親を殺そうと思った」
「本気で?」
「結局のところ、俺たちはねずみの巣から抜け出せないんだ。親がいる限りはな。運命みたいなもんだ。ねずみの親玉がいる限りは縛られっぱなしだ。だからさ、自由になりたいんだったら親を殺すしかないんだ。きょうだいを親から解きはなって、ばらばらにしてやるんだ」
「殺せば自由になれるのか。逆だろ。永遠に縛られ続けるぞ」
 しばらく、三郎は沈黙していた。黙って夜空を見上げ、「北斗七星が見える」と、いきなり話題を変えた。「星空を見るなんて久し振りだな。北極星はどれだ?」
「先端の星の間隔を下のほうに五倍延ばす。だから、たぶんあれだな」
「北極星はねずみの星だって、おまえ知ってた? 古典の授業で先生がそう言ったのを俺、珍しく聞いててさ。北極星は子の星、ねずみの星なんだって。ま、十二支でたまたま北の方角がねずみってだけで深い意味はないんだけどな。でも感動したよ俺は。北極星は星の王者だろ。だって、他の星はみんな北極星を中心にしてぐるぐる回るんだ」
「ああ、その話は僕も聞いた。北斗七星のあの形は、古代のある民族では、柄杓でなしに船にたとえられていたって。北斗七星の船が北極星の周りを永遠に航海するんだ」
「じゃあ俺たちは、物干し台の船で北を目指そう」三郎は言った。「北極星を入り口にして、夜空の向こう側に突き抜ける。一点突破だ」
 物干し台の上には二時間もいただろうか。半分は黙って、星を見上げていただけだ。こういう言い方はありふれているかもしれないが、星を見上げる時、僕たちは星に見下ろされてもいた。遠い星から見れば、地球上の人間なんか蟻塚に群棲する蟻みたいなもので、いやもっとちっぽけな細菌に等しくて、誰が誰でもいいようなものだ。なのに、なぜ僕は僕であって他の誰でもないのか、なぜ三郎は三郎であって他の誰でもないのか。こいつは大きな謎だ。なぜ、それぞれにそれぞれの運命があるのだ。
 それぞれの運命を決めるのはいったい誰なのだ。僕らは運命に振り回されながら生きている、弱っちい存在だ。抵抗すれば手痛いしっぺ返しが待っている。それでも、僕が僕であるためには、抵抗を続けていくしかない。人生とは運命への抵抗そのものだ。僕は僕という人生を通して、僕自身を作り上げていくしかないのだ。
「そろそろ下りるか」三郎は腰を上げた。「これでようやく気がすんだ」
 それから、「いろいろ悪かったな」と僕を振り向いた。
 ロープを外して地上に下りると、敏子は洗濯機にもたれてうたた寝をしていた。

 三郎は高校を中退し、ラーメン屋で働き始めた。地元ではけっこう人気のあるラーメン屋だ。働きながら自己資金を貯めていつか自分の店を持つのだと三郎は夢を語った。
 敏子は大学生になると上級生と付き合いだし、僕とは疎遠になった。まあ、それはそれでいい。僕にしても、あの精力的なセックスは過去の思い出にしておきたかった。
 翌年、僕は大学に進学し、なんやかんやあったが四年後に無事卒業した。今は不動産会社に勤めている。根津家の家は、町の再開発計画とかで町営住宅すべてが取り壊され、消滅した。現在、跡地には団地が建設中だ。三郎は一人でアパート住まいをしている。
 仕事で夜遅くなるとたまに三郎のラーメン屋に寄り、ビールを飲みながら話をする。アルバイトから始めた三郎が、今では店長だ。
「俺の店の名前、『北極星』にしようと思うが、どうだ?」
 三郎は自分の店の構想をいろいろ話すのだが、店名はころころ変わった。
「北極星? 長距離トラックの運ちゃんが集まりそうな店だな」
「いいじゃん。行列のできる店より、そういう店のほうが本当にうまい店なんだ」
 三郎の頭の夜空では、今でも北斗七星の船が北極星の周りを巡っているのだろう。
 ところで、僕は三郎に言わないでおいたことがある。古典の先生の話には続きがあった。
 古代人の宇宙観では、夜空はドームの形をしており、その外側に光り輝く神の国がある。北極星は、こちらの世界からあちらの世界に通じる小さな小さな穴なのだ。北斗七星の船は死者の魂を乗せて北極星の周囲をめぐり、やがてその穴を抜けて神の国に入る。死者の魂は神と溶け合って一体になるのだ。
 でも、本当は神の国などないだろう。夜空の向こうにあるのはたぶん、空虚だ。僕たちの船はいつか北極星を抜けて空虚の世界に入るのだ。空虚がどういうものか、僕にはわからない。目に見えるのは空虚の世界から漏れ出る光の美しさだけだ。僕たちは、星の光の美しさを信じて生きるしかない。
 いずれ僕は、北極星の秘密を三郎に語ろうと思う。今はまだその時じゃない。じゃあ、どういう時が来たら語れるのかというと、それはわからない。でも、いつかきっと、語れる日が来ると信じている。
(参考文献 『沖縄の宇宙像』松居友著 洋泉社)


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