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志賀泉の「新明解国語辞典小説」

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なみまくら

2010/07/01

なみまくら【波枕】
〔雅〕旅に出て、船の中や海岸近くの宿で泊まること。

「病気で動けないお客さんからお代をいただくのは失礼だと女将さんが申しまして」
 どう見ても八十過ぎの仲居が、大儀そうに運んできたお盆には、市販の風邪薬と吸い飲み。枕元に置いて、「そういうわけですから、このお薬はサービスということでして。はい、お代はけっこうでございます」
 仲居は出ていった。畳をすって歩く白足袋の、かかとの黒ずみが目に残った。
 吸い飲みなんて、見るのも何十年かぶりだ。理科の実験用具を思わせる、冷たく取り澄ましたガラスの容器。細く長い吸い口がにゅっと延びて、先がすぼまり。透明な水が、熱で浮腫んだ目にはつらい。
 女将の気遣いはうれしく、半面で心苦しい。客室には魔法瓶もコップもある。立って歩けないわけでもない。吸い飲みなんて置いて行かれて、このうえ尿瓶でも持ってこられたら、身体が勘違いして病を重くしてしまいそうな。ただの風邪なのに。
 とにかくも腹這いになり、吸い飲みで錠剤を飲み下す。ぬるい水が顎にたれて、タオルでぬぐう動作も、どことなく演技めく。なにごとも形から入れってことか。こうして重い病を演じているうちに、本当に動けなくなったりして。
 咳をしても一人、か。それにしてもみんな薄情な。

 海辺の町に来ていた。
 田舎の高校を卒業し、東京に本社のある電子器機メーカーに就職して、最初に配置されたのがこの町の工場だった。かれこれ三十年も前のことになる。
 先月、その工場の閉鎖が本決まりとなり、それでは見納めに行こうじゃないかと、いまは本社で役職についている同期の仲間四、五人と休暇を利用して見学旅行に出た。
 三十年前とは製作している製品も工程も違う。我々が働いていた当時は、戦時中に軍需工場だった頃の暗い影を残していたが、いまは隅々まで明るくなり近代化されていた。それはいいのだが、ベルトコンベヤの半分も稼働していなかったのは悲しかった。
 工場見学が終われば、特に観光名所のある土地ではなく、旅館に入って早めに湯に浸かり夕食をすませ、酒場を求めて夜の町に繰り出したのだが、どうやら湯冷めしたらしい。変に酔いが回ると思っていたら、朝方には風邪をひいていた。体温計を借りて測ってみたら四十度近い熱だった。
「二、三日ゆっくりしてけよ。疲れが出たんだよ。ものの本によれば風邪っていうのは身体の調節なんだそうだ。なんでも、崩れたバランスを熱を出して整えるらしいな」
「四十度の熱ならかえって安心だ。がっと上がってがっと下がるってもんだ。俺たちの年代で危ないのは微熱のほうだ。甘く見てると、こいつが重病の兆候だったりするから」
 同じ部屋で朝食を食いながら話しかけるのを寝床で聞いていた。虚ろに笑いながら応じていたが、彼らがどやどやと次の目的地へ出発してしまうと、悪寒の走る身体に寂しさが迫り、天井は高くなり、畳も広くなり、さすがに心細くなってきた。
 そこへ、年老いた仲居が風邪薬を持ってやって来たのだった。

 旅に病んで夢は枯れ野をかけめぐる、と芭蕉の辞世の句ではないが、旅先で病むと魂が離れやすくなることはあるのかもしれない。熱に浮かされた心が夢に見るのは枯れ野ではなく、三十年前の海だった。
 海辺の町といっても、三十年前とは様変わりし、海は遠くなっていた。
 変われば変わるものだ。夏は海水浴でにぎわい、冬は冬で釣り船が出ていた海は埋め立てられ、工場地帯に変貌していた。
 国道の向こうがすぐ砂浜だった。砂浜が消えたいまも防砂林は途切れ途切れに残り、国道のこちら側で、アカマツと白砂の公園となって海辺の風情を濃くとどめているのは、海そのものが見えないだけに妙なものだった。
 旅館はその公園の隣にあった。大正時代から続く老舗旅館だというが、我々の誰も、この旅館を覚えてはいなかった。田舎出の少年職工にはまるで縁がなかったからか。人の記憶とは身勝手なものだ。土建屋の資材置き場なんかを懐かしがって、門構えも立派な老舗旅館をみながみな忘れて、こんな建物があったのかと首をかしげたくらいだ。
 商店街もさびれていた。工場地帯のおかげで町の人口は増えたはずなのに、町を歩いているのはジジババばかり。未成年の身で遊んだ裏路地の飲屋街も殺風景になり、形ばかり看板が出ているものの、どの店が開いていてどの店が閉まっているのかもわからい有り様だった。昨夜は、懐かしさの置き所が見つからないままさまよい歩いた。見覚えのある看板を見つけて飛び込んでも、店の中はすっかり変わっている。酔いの勢いでやけくそになり、何年も前から閉じたままのようなシャッターを叩き、身も世もないような声で昔の女の名を呼んだりしていた。

 あの錯乱が鎮まらないまま病熱に変わったのか。五十近くになって年甲斐もない。
 薬を飲んだ後は、開き直って病人に徹した。こうなったからには、むしろ病を寝床に根付かせるくらいの覚悟で寝込んでやろうと、汗ばみながら、ひたすら目を閉じていた。
 しばらくして、さっきの仲居がまたやって来た。今度は水枕を抱いている。
「お休みのところすみません。どうですかご気分は。女将さんがね、これを持って行きなさいと申すもので」
「水枕ですか。なんだか懐かしいな」
「今の若い人はあまり使いませんでしょう。冷えぴたシートっていうんですか、私の孫も熱を出すとあれを額に貼りつけまして。ええ、便利ですが無愛想なものです」
「女将さんはずいぶん親切な方ですね」
「昔は長逗留のお客さんが多かったので。都会から療養に来るお客さんもいましたし」
「女将さんはこの土地の人ですか」
「ここの箱入り娘ですよ。他所の土地に出たことは一度もなかったでしょうね。お婿さんは早くにお亡くなりになって、それからは女手ひとつで。はい、どうもすいません頭をお上げになって。はい、けっこうでございます。これで少しはお楽になるでしょう。ではでは。ごゆっくりお休みくさだいまし」
 頭を動かすと水枕の中で氷が揺れて、ガバリと音がした。熱を帯びた目蓋の裏で、凄惨なくらいに白い波がしらの幻影が浮かび、砕けながら落ちていった。
 水枕ガバリと寒い海がある
 と、西東三鬼のあの有名な句が、頭にあったらしい。
 水枕の冷たさが後頭部に染みてくる。ゴムを通して頭に当たるごつごつした感触からして、冷蔵庫の製氷器の氷ではなく、かち割りの氷らしい。頭を動かすたび、氷のこすれ合うくぐもった音が鳴る。たすきがけの女将が、ぶ厚い氷に千枚通しを振り下ろし砕いていく、勝手なイメージが浮かんだ。
 昔、実家に冷蔵庫がなかった時代、子供が熱を出すたび母親が近所の氷屋から氷を買ってきて台所で砕いていた。その姿が女将に重なったのだが、いま時そんな手間をかけずとも、かち氷くらいスーパーでも売っている。
 女将の姿は昨日、玄関のロビーで我々一行に挨拶をした姿を見たきりだ。我々より十は年上か。色白で、目元のきりりと引き締まった美人だった。どこかで見た顔だと思った。しかし旅館の存在自体を覚えてないのに女将を知るはずがない。三十年前なら三十歳前後だろうか。当時を思い返しても、彼女との接点があるとは思えなかった。

 熱にさいなまれ、あえぎながら、眠りに沈み、また浮き上がり、うつらうつら時を過ごした。昼には粥をすすり、また薬を飲み、水枕を換えてもらうと、ガバリという氷の音は新鮮な響きを取り戻し、頭の中にまた海が現れる。消耗した身体を削るように、波がしらはいっそう鮮烈に、残忍なほどの凄まじさで打ち寄せてきた。
 しかし、どうしようもなく衰弱しながらも、案外、身体の核の部分に潜んでいた艶めいたものが、防御を解かれて露わになったりするものだ。病の底から頭をもたげてくる情欲は、それ自体が病のようなものだった若い頃の性欲と、同質のものかもしれない。
 この町で働き始めた当時、我々はまだ女を知らず、獣めいた性欲を持て余していた。いつ暴れ出すかもわからない。かくなる上はしかるべき店で女を買うしかないと夜に宿舎を抜け出し、砂浜で車座になって話し合った。職場の先輩から聞き集めた情報をもとに、どの店に行くか議論し、腹を決めて立ち上がった。
 防砂林を抜けながら、偶然、交尾している猫に出くわした。あられもない姿を目の当たりにして、急に羞恥心が込み上げた。そんなつまらないことまで覚えている。
 初めての女性はだから、本職の女性なのだった。伊豆大島の、波浮港の生まれだと言っていた。『伊豆の踊子』のモデルも波浮港の生まれなんだと、まるで親戚のように話していた。縁で結ばれた相手でもないのに、肉付きから肌触りまで覚えている。
 女は、死ぬと初めての男に手を引かれて三途の川を渡るのだと、聞いたことがある。男が先に死ぬと決めてかかっているのだから、考えてみれば理不尽な話だ。
 女が先に死んでいた場合はどうなのだろう。男は、初めての女に手を引かれて三途の川を渡ってはいけないのだろうか。それとも男はみな、先導なしでとぼとぼ三途の川を渡らねばならないのだろうか。

 埒のないことを考えているうち、部屋は翳っていた。起き上がり、窓を開ける。国道をまたぐ歩道橋を渡り、工場から帰っていく労働者の群が見えた。
 ふらつく足で階段を下り、ロビーの電話を借りて妻に連絡を入れた。泊まり客は自分だけと聞いていたが、旅館の中はなにやら慌ただしく、宴会の準備をしているようだった。工場関係者のお偉い方が集まるらしい。さびれながらも、こうした宴会などでこの旅館はもっているのだろう。
 電話を終えて腰を上げる。事務室のドアが開いて女将が出てきた。メモ書きのようなものを手に調理場へ急ぐ様子だったが、こちらに気づいて足を止め、軽く頭を下げた。
「ご気分はいかがですか。お薬はお体に合いましたでしょうか」
 何があったのか。かすかに眉をひそめた微笑に、背筋がぞくりとした。
「おかげさまで。けれど、なかなか熱は下がりません」
「水枕はいかがしましょう。あまり冷やしすぎると返って良くないといいますが」
「お願いします」
「夕食はまたお粥にしましょうか。それとも精のつくものを」
「お粥で」
「かしこまりました。これから少々騒がしくなりますが、ごゆっくりお休みください」
 ゆったりとした物言いながら、芯にはぴんと張り詰めたものがあった。

 夕食の粥を運んできたのは老女の仲居ではなく、忙しい時だけ手伝いをする近所の主婦と思える人で、無愛想に用事をすませ、さっさと出ていった。水枕を換えたのも同じ人だった。
 薬を飲んでからトイレに立ち、部屋に戻れば、寝汗に湿った蒲団が身体の形のままに皺寄り、寝ていた本人よりも生々しく、身悶えしているようで、その醜悪さに目をそむけ、枕元を素通りして窓際の椅子に腰かけた。咳き込みながら煙草に火をつける。窓を開ければ、黒々とした松林の向こうに、工場のタンクや煙突が妖しい色で夜陰に浮かんでいる。夜風は微かに潮の匂いをふくんでいた。
 ひと昔前の流行歌を歌う声が真下の宴会場から立ち上ってくる。その歌声に誘い出されて、三十年前、浜辺で焚き火を囲み仲間と歌った春歌が甦ってきた。打ち寄せる波に向かい、歌うというより叫んでいた。くるぶしを舐める波の泡にも欲情した。若かったとはいえ、あられもなく卑猥な歌を、よくも大声で歌えたものだ。

 夜更けにふと、目覚めた。後頭部の冷ややかさに、水枕と違う感触があり、見上げれば青白い女の顔があった。いつの間にか膝枕をされていた。固く閉ざした太腿の間に、自分の後頭部がある。それにしても、この冷たさはどうしたことだ。
 誰なのだ。顔を確かめようとして仰向けた目を、覆うように女の手が下りてきた。その手もまた、冷ややかだった。
 誰の手だろう。不明のまま、懐かしさが瞼に染みてくる。
 波音が、くっきりとした輪郭をもって耳に迫る。ひたひたと、着物の裾を広げるようにして、さざ波が部屋の中に及んでくる。
 いや、女の身体を中心に、さざ波は四方に広がるような。女の身体から波は立ち、広げてはまた引き寄せるような。
 気がつけば、膝枕をされたまま夜の海を漂っていた。女の手を透かして満月が見えていた。

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