2010/03/04
そらゆめ【空夢】
(1)見もしないのに、本当に見たかのようにこしらえて他人に語る夢。(2)現実世界の吉凶などにはかかわりのない夢の世界だけの夢。(3)空想。
ジャンヌ・ダルクは火(ひ)炙(あぶ)りで殺されたのではなかったかしら。
では、この断頭台は誰のものなの?
街の中心に石畳の広場があり、その広場の中心に石の断頭台がある。
囚人の首をあてがうためにくり抜いた石のへこみ。落ちた頭を受け止める石皿。流れる血を下水道に導くための溝。みんな、中世の遺跡だ。もう何百年も断頭台は使われていない。その証拠に、石の表面はさらさらに乾いて染みひとつない。石皿はくぼみに陽射しを受け止め、おだやかにぬくもっている。もう誰の首も待ってやしない。そんな歴史があったことさえきれいに忘れている。
街は広場から放射状に広がっている。七本ある街路はどれも直線で、ずっと奥まで広場の中心から見通せる。人の気配がない。しんと静まっている。
けれど、その静寂が徐々に実体を濃くしていく。静寂が、何かを待ち望んでいる。ある種の期待を街の中心へと集めていく。陽射しは、広場の中心から天空へと逆に立ち上っている。
「この子は精神を病んでるんです」
ガラスごしに母の声が聞こえた。「この子」と言いながら母の指は、テーブルに置いた絵を差していた。
事務室で母は男性と会話している。たくさんの絵を重ねて立てかけた壁。外国の本が並んだ書棚。散らかった茶封筒。紗奈江はギャラリーに立って二人を見ている。仕切りの壁のガラス窓から。
「病んでる」と聞いて、男性がちらと紗奈江を盗み見た。男性の目に映る自分の姿が怪物に変わった一瞬を、紗奈江は見逃さなかった。
「傷つきやすくて他人と関われないんです。もともとは頭のいい子なのに、中学の途中から学校に行けなくなって人並みの教育も受けずに終わっちゃったんです。でも、絵は天才だって西脇先生は誉めてくださいました。プロの画家だってこんなふうには描けないって。さすが審査員をなさる先生だけあって見る目が違います。わたし、そのお言葉に救われた思いでした。ええ、塞(ふさ)ぎ込むと一日中トイレに籠もって中から鍵かけちゃう子です。自殺未遂だって一度や二度ではありません。でもね、感性が鋭いせいか、そういう子が絵筆を持つと不思議な才能を発揮することは稀(まれ)にあるらしいんです」
紗奈江にはわからなかった。母は、どうして他人に病気のことを明かしたのだろう。
男性は困っていた。「ええ、紹介状は拝見しました。西脇先生にはわたし共も大変お世話になっております。たしかに西脇先生が推薦なさるだけあって面白い作品です」男性は手にした封筒で顔を扇ぐしぐさをした。「しかしですね、だからといっていきなり作品をお持ちいただいても、はいそうですかと買い取るわけにはいかないのです」
「二科展の入選作ですよ。そこらへんの日曜画家が趣味で描いた絵とはわけが違います」
「ですから、さっきも申し上げたとおり、公募展で評価された作品が市場でも評価されるとは限らないのです。あくまでも、買い手があって成り立つ世界ですから」
「中森明菜の絵は高く売れるんでしょう?」
「失礼ですが工藤静香のお間違いでは。彼女は二科展の常連ですし、芸能人の作品には付加価値があります」
「あんな素人くさい絵」母の顔がゆがんだ。「有名人の絵ならへたくそでも買い手がつくってことですか」
「絵画のうまいへたというのは微妙な問題です。要は好きか嫌いかですから。買いたい人が多ければ値段は上がります。市場とはそういうものです」
「娘は誰の手ほどきも受けずに自分の才能だけで描いてきたんです。有名になりたいとかお金がほしいとかでなしに、自分の心を表現するために、自分自身のために描いてきたんです」
「わかります。それでお母さまは、その絵をお金に換えたいと望んでいる」
紗奈江が病院で描いた絵だ。以前、紗奈江が入院していた病院にアトリエがあった。紗奈江は医師に芸術療法を勧められ絵を描き始めた。退院したいまも、週に二日は病院のアトリエにかよい創作を続けている。その絵を母は二科展に応募したのだ。入選のしらせに母は狂喜した。しかし紗奈江は喜ばなかった。自分の絵がどう評価されるかなんて、まるで興味がなかった。
美術館での展示が終わり、紗奈江は母に連れられて作品を引き取りに行った。たくさんの知らない人に挨拶して回り、疲れた。母はその日のうちに作品を売るつもりでいた。そのために審査員の先生をつかまえて紹介状を書いてもらい、教えられた画廊に赴いたのだ。母は紗奈江をギャラリーに置いて事務室に入り、オーナーと交渉を始めた。しかし、母の思惑どおりには交渉は進まないようだった。
ギャラリーでは個展がひらかれていた。「かなき そら展」とあるが、かなきそらという人がどういう人かわからなかった。若いのか年寄りか、男か女かもわからない。画家本人もいないし、来客もなかった。紗奈江は事務室が見えるガラス窓を離れ、一人で絵と向き合った。
病院のアトリエで患者が描く絵は、色彩が騒がしかったり、極端に暗く沈んでいたり、素材がグロテスクだったりするが、この絵は逆だ。静かで、平明で、淡々としている。外国の街らしい。いや、空想の街か。異国の街と言ったほうがしっくりくる。とにかく、ひとつの街を描いた連作だ。
あ、これってわたしの街だ。そう、紗奈江は思った。思った瞬間、ぐんと絵の中に引き込まれた。石の街だ。石畳の路地、石造りの家。石の広場。路地の向こうに水平線。人はいない。こんなに石ばかりで、がらんとして明るい。影がなくて、変な明るさ。ひとつひとつの石が陽にぬくまって、安らかだ。この街で生きているのは人ではなくて、石そのもの、みたいな。
強烈な既視感。他人の空想の街なのに、見覚えがある。どうして知ってるのだろうと記憶をまさぐり、夢の中だ、と思い当たった。夢の中でわたし、この街を歩いている。その証拠に、この角を曲がった先に何があるかちゃんとわかる。ほら、やっぱり。石の小便小僧。おしっこの枯れた小便小僧。
みんな、夢で見ている。目覚めと同時に忘れるだけ。でも、記憶にないからといって街が消えたわけじゃない。忘れた夢だって頭のどこかに存在してる。引き出しの奥に隠した手紙みたいに。
「わたしだって、はいそうですかと帰るわけにはいかないんです。わたしのことを金の亡者とお思いかもしれませんが、この子の薬代だけでも大変なんです。いつ治るかわからないのに。正直、東京に出てくる交通費だって厳しかったんです。わたしが女手ひとつで育ててきたんですよ。スーパーでお総菜をこしらえながら。一日中、お肉を揚げたりパックに詰めたり。そんなこと、十年以上も。何度この子を道連れに死のうと思ったことか。失礼ですがあなたお子さんは? ああ、独身ですか。いまおいくつで? 四十三? じゃあ親の気持ちなんてわからないでしょう。ええ、ええ。わかりませんとも。死ぬ思いで育ててきたんです。その子が描いた絵を売って薬代の足しにすることのどこが悪いんですか。とにかくわたしは、この子が一人で生きていけるようになるまでは死ねません。絵は最後の希望なんです。そのへんの芸能人が人気取りのために描いた絵と違います。絵はこの子のすべてなんです。この子そのものなんです。その絵を否定されたらわたしたち、何を頼りに生きていけばいいんですか」
あ、自転車。これって、わたしが子供のときになくした自転車だ。こんなところにあったなんて。公園に置いて遊んでいたら、いつの間にか消えていた。友達の自転車と並べていたのに、なんでだか、よりによって、わたしのだけ。盗まれたんだ。家に帰ってお母さんにそう言ったら、お母さん、信じてくれなかった。鬼のように怒って、どうせどこかにほったらかしにしたんだろう、見つけるまではご飯あげないよって、家から叩き出された。泣きながら公園に戻って探し歩いたけど、見つからなかった。空がすっかり暗くなって蝙蝠がぱたぱた飛んでいた。誰かに声をかけられるたび走って逃げた。心細いのとひもじいのとで死んじゃいそうだった。それでも自転車は見つからなかった。
やっと見つけた。石の柱に立てかけて、ぽつんと、陽射しを浴びて。わたしの自転車、こんなところにあったんだ。
「わかりました、わかりました。そう興奮なさらないで。わたしは別に、この絵を否定してるわけではないんです。興味深い絵だと思います。これだけの技術を独習で身につけられたのなら大したものです。これは夢を描いた絵ですよね。ユニークな構図です。配色にも天性のものを感じます。たしかに、最近の美術界の傾向としまして、あなたのお嬢さんのように心に問題を抱えた方の作品に注目が集まっております。専門のコレクターもいます。しかしですね、全体から見ればあくまでも限定的な市場なのです。こうしましょう。この近くに『かしわぎ画廊』があります。無名の方の作品を世に出すことに熱心な画廊なので、ご相談なさってはいかがでしょう。オーナーはわたしの友人です。いま地図を書きます。ほんの百メートルくらい先です。わたしから電話を入れておきましょう。この一点を売るよりは、他にも作品がおありでしたら個展をひらくことをお薦めします。そうして認知度を高めていけば、お嬢さんはひょっとして人気作家になるかもしれません」
夢の絵? うそ。そんな夢はみんなうそ。たしかにわたしの見た夢だけど、その夢には幸せも不幸もない。幸せも不幸もない夢ならいくらでもきれいに描ける。現実に関係ないから。現実に関係ない夢なんてみんなうそ。見てないのと同じ。夢の絵を描くのは楽しいよ。だってそれはうその絵だから。わたしに関係ない夢だから。
本当の夢は、目覚めても思い出せない夢の中にあるもの。だってそうでしょう。思い出せる夢より、思い出せない夢のほうがずっと大きいはずなんだから。
海の見えるほうへ歩いてみたけど、いくら歩いても海辺にたどり着かない。水平線はわたしが歩いたぶんだけ遠くに逃げていく。あきらめて、海と反対のほうに歩いてみる。路地の向こうに砂漠が見える。でも同じこと。いつまでたっても砂丘に行けない。この街は小さいのに果てしない。
石のポストがある角を右に曲がった。石の壁があって、門をくぐってみたら、目の前にミヒャルデウスの石像があった。
ミヒャルデウス。わたしの本当のお母さんだ。本当のお母さんは体がライオン。台座にすわって、背中が小山のように大きくて。すうっと反らした首が凛々しい。こころもち顎を上向けて、空の一点を見据えた眼差しが神々しい。
わたしは台座によじ上って、そろえて並べた前脚の隙間にもぐり込む。そこに、わたしサイズのくぼみがある。それが、わたしの居場所。何年も何年も、わたしがうずくまっているうちに表面が磨り減ってできたくぼみだ。
事務室にいるお母さんは殺し屋の変装。お父さんを殺した。子供だって何人も殺した。その子供を切り刻んで料理にまぜ、食えとわたしに強要する。用心しなくちゃ。ひと口でも食べたら今度はわたしが殺される番。ミヒャルデウスがそう教えてくれた。だから、食べちゃだめ。食べちゃだめ。
わたしはくぼみに横たわり、膝を抱えて小さく丸まる。石はあたたかい。本当に心地よくて、もう、このままわたしも石になりたい。