2010/03/04
そうきゅう【蒼穹】
〔「穹」は弓形になっている意〕「あおぞら」の漢語的表現。
峠に着いて空を見渡し、気圏とは地球を包む薄い皮膜なのだと実感した。
遠い山(やま)嶺(みね)のぎざぎざが白く光っている。その裏に、宇宙が透けて見えそうな深い青。
チベット人の祈りの旗がいまにもちぎれそうに風にはためく。ばたばた、ばたばた。旗の音が空ぜんたいに鳴り渡っている。
息が苦しく、頭もずきずきして、なにも思えない。なにを思うためにここまで来たのだったか。なにを思っても意味をなさない。からっぽになった体が、ばたばたばたばた、旗の音でいっぱいになる。僕の体が一枚の布になって風にばたつく。吹き荒ぶ風に、僕の細胞が切れ切れになって飛ばされてしまいそうだ。
ガイドに連れられたフランス人の親子と、途中までいっしょだった。「子供でも楽ちんで踏破できるコース」と聞いて高をくくった。この国に来てから下痢が続いて体力が落ちていた。「四時間もすれば戻ってくる」と、僕を置いていった彼らはいま、どのへんを歩いているのか。永遠に戻ってこない気もする。それならそれで仕方ない。
地球の空が初めて澄み渡った太古の昔から、人類が滅亡した後々の未来まで、すべての時間を青空はふくんでいるようで、そんな青空の真下にいると、生も死も、さして変わりのない現象じゃないかと、そんな気がしてくる。
青空は、さびしい。
青空がさびしいのはきっと、青空の下に立つと自分が世界の中心になるからだ。それがどうしようもない運命だからだ。
「青空ってきもちいい」
美奈子は言った。
昼休みに会社のビルの屋上に出た。それというのも、春男が100円ショップでプラスチックのバットとボールを買ってきたからだ。緑色のバットと赤いボールがひとつの袋でセットになっていた。
「座ってばかりだと足がむくんで」とこぼした美奈子に「昼休みに屋上で運動する?」と提案したのは僕だが、それを聞いて野球を思いつくのが春男の独特なところだ。ふつうならフリスビーとかバドミントンとか思いつきそうなものなのに。
僕と美奈子と春男は同じ課の同期だ。僕は彼らより五つ年上だが、歳の差はあまり意識しない。彼らも僕に対してごく自然にタメ口をきく。昼食は三人で同じ店に行くし、たまには仕事帰りに居酒屋へも行く。でも、休日を三人で過ごしたことはまだない。男二人と女一人でつるんでいれば、いつか三角関係になってごたごたが起こりそうなものを、恋愛の兆しも気配もないまま子供みたいに仲良くしていられるのは、最近の若い人の特性なのかと、僕は他人事みたいに思ったりする。
どうして僕はここにいるのだろう。時々、不思議になる。
「青空ってきもちいい」と、美奈子は思いきり両腕を横に広げて胸を張った。屈託なさそうに、目尻や口の端まで横に広げて、なんだかテレビのCMみたいだ。
青空の下に出て心が晴れ晴れとするのは自然な反応だ。東京の青空とチベットの青空はまるで違う。その下に立つと胸がきりきりするくらいさびしい青空があることを、美奈子は知らない。
「ねえ、今日の気温は四月上旬並みなんだって。うれしくない?」美奈子が言う。
「まだ一月だぜ。温暖化なんだよ、温暖化。ミナコがそうやって浮かれてる間に地球は滅びていくんだよ」春男は呆れている。
「私は寒いの苦手だから、温暖化でいい。冬なんていらない」美奈子が言い返す。
「冬がなくなるといろいろ困る人がいるんだよ」
「いいじゃん。私が地球をあっためてるわけじゃないんだから」
僕は笑って二人のやり取りを聞いている。
野球なんてするのは何年ぶりだろう。プラスチックのバットは空気みたいに軽い。力まかせに振ると、ブンと音がする。
春男が投げるボールを僕が打つ。転がるボールを美奈子が追いかける。僕は走り出す。一塁は給水塔だ。そこにタッチしてホームベースに帰れば一点になる。美奈子がボールを拾い春男に投げる。春男がそのボールを僕の背中めがけて投げつけ、僕はホームベース直前でアウトになる。
次は、美奈子がピッチャーで春男がバッターの番だ。僕は守備につく。美奈子は典型的な女投げで、ボールは山なりに弧を描いてしかも大きくそれる。春男はバットを構えたままボールを追いかけて打ち上げる。フライは上空で風に流されふらふらと落ちてくる。もう少しで金網塀の外へ落ちていくところだったが、ぎりぎりで僕はキャッチした。
「あっぶねぇー」春男が甲高い声をあげた。「ホームラン禁止だかんね」美奈子はふくれている。「つうか、原則フライ禁止。今度からマイナス一点」僕は、ホームベースにしゃがんでいる春男めがけてボールを放る。
次は、僕がピッチャーで美奈子がバッターだ。
「今度の日曜日に海行きたい」バットを肩の上に置いて美奈子がいきなり言い出す。「もっとだだっぴろい所で野球しようよ」
「海? なんでまた。さみいぜ」背後から春男の声がする。
「そんなことないよ。温暖化でしょ」「野球って言ったらふつう公園だろ」「いいの。いま頭にぱっと海がひらめいたんだから海なの」「鈴木って車持ってる?」「沖縄行きたい。沖縄の海」
二人は知らない。僕がここに入社する前の四年間、どこでなにをしていたか。履歴書には家業を手伝っていたと書いた。本当のことを書けばきっと拒否された。どんな会社だって僕を雇わない。会社どころか、どんな人も僕を拒絶する。
今朝の新聞に、かつての同志に死刑判決が下ったと記事が載っていた。
なに食わぬ顔して生きている僕のこの頭に、どんな異様なものが巣くっていたか、二人は想像もできないはずだ。
「沖縄は無理。無理っいうか無茶」「海って言ったら沖縄でしょ」「鎌倉はどうよ。大仏のそばに叔父さんの家あるから。なんだったら泊めてやってもいいし」「叔父さんの家って広い?」「おう。大仏だって住める。鈴木も来るだろ?」
急に名前を呼ばれて「行くよ」と答えた。それからボールを投げた。空振り。アンダースローでど真ん中に投げているのに、どうして空振りできるのだろう。
「ボールよく見ろよ」僕は言った。「バット短く持て」春男が言う。「これ以上短く持ったらバットなくなる」美奈子はふくれた。
暗い所で毎日、武闘訓練を受けていた。効率よく人を殺すための訓練だった。命令があれば親でも躊躇なく殺したはずだ。もし闇に葬られた第二作戦が決行されていたら、僕は実行犯になっていた。そのことを二人は知らない。教団が潰滅してから、洗脳を解くために僕がどこへ行きどんなことしてきたかも。僕は二球目を放る。一球目よりもゆるい球だ。鈴木はやさしすぎるんだよ、と春男はいつも言ってる。美奈子はまた空振りする。
やさしいのではない。からっぽなのだ。からっぽだから、ものにこだわらないだけなのだ。死ぬような思いで洗脳を解いて、頭の中から異様なものを追い出した。そこにぽっかり開いた空洞を指差して、みんなは「やさしさ」と呼ぶ。
三球目はジャストミート。美奈子はバットを放り投げて駆け出す。春男はわざとボールをお手玉し、手間取ってると見せかけて、広告塔にタッチして帰ってきた美奈子の頭にボールを当てた。アウト。
煙草を吸いに屋上に上がってきた社員たちが僕らを見てうすら笑いを浮かべる。「総務課だよ」と聞こえよがしの声。「お気楽だねえ」。
会社が人員削減を進めている。僕らだっていつ首を切られるかしれない。その不安は漠然とだが、いつも抱えているのだ。
不安を抱えることが生きることだと僕は思う。不安とは人間に授けられた恩寵だ。不安のない人間は人間でなくなる。武闘訓練を受けている間は不安のかけらもなかった。
頭にボールをぶつけたと言って、美奈子は春男に怒っている。
「信じらんない。女の子に」「わりいわりい。ぶつけやすい頭してっからさあ」「お返しに、顔の正面に思いきしぶつけてやるから」
鎌倉の海岸で野球をしたら楽しいだろうなと僕は思う。力いっぱいボールを投げて、遠慮なしにバットを振るって。おみやげに鳩サブレを買おう。総務課のみんなに一枚ずつ配って、残りは家に持ち帰って自分で食べよう。
バットをかまえる。ピッチャーは美奈子だ。相変わらずの女投げ。大きく山なりになって落ちてくるボールを、僕は見事なスィングで空振りする。
空の青が目に沁みる。あの空にボールが吸い込まれていくくらいのホームランを打ったら気持ちいいのに。打ってやろうか。誘惑にかられながらバットをかまえる。本当に、打ってやろうか。
チベット人の祈りの旗はタルチョといって、五色のハンカチみたいな旗だが、どれにも馬の絵が描かれている。祈りが風に乗って馬のように空を駆けめぐりますように、という意味らしい。僕には、風に乗せるどんな祈りもなかった。
フランス人の親子が歩いていった方向から、一人の老人がやってきて、「病気なのか。痛むのは頭か、腹か、足か?」と訊ねた。僕は現地の言葉を知らないが、ニュアンスでそれは伝わった。
「ノープロブレム」僕は英語で答えた。「ノープロブレム。ノープロブレム」
伝わったのかどうか、老人は笑みを浮かべてうなずいた。
老人はこの先の村から来たと言った。驚いたことに、僕が高山病で苦しんでいる、この場所よりさらに高い土地に人の暮らしがあるのだ。
老人は電話を借りに麓(ふもと)の町まで行くのだと、身振りをまじえて僕に話した。「必要なら助けを呼んでやろうか」
「ノー、サンキュー」と僕は答えた。
カトマンズへ出稼ぎに行った息子に電話をかける。そのためだけに半日かけて麓に下り、また半日かけて村へ引き返す。だいたいそのような意味のことを老人は語った。日本では考えられないが、老人にとってはさして苦にもならない日常の一部なのだ。
「ではご無事を祈ります」と、そんなことを言い置いて老人は坂道を下って行った。
それから数時間、フランス人の親子とガイドが引き返してくるまで、誰にも会わなかった。ごつごつした岩の大地にへばりつき、ひたすら青空を見上げていた。
僕は弱い。どうしようもなく弱い。その弱さを青空に開け放って、風に吹かれた。生きている、という感覚は、弱さの底からきりきりと立ち上がってきた。ガラスの結晶のような鋭さと、脆(もろ)さで。
生きることに意味なんてなかった。意味なんていらないとも思った。まるで無防備の、剥き出しになった命そのものを青空にさらして、そのひりひりする痛みを、ただ受け入れていた。