2010/01/24
すとん
それほど重くない物が落ちたり倒れたりする様子。また、その時立てる軽い音の形容。
すとん。という音が好きです。手紙が郵便ポストに落ちていく音。
ごめんなさい、いきなり変な書き出しで。北陸はこのところ猛烈な寒波に見舞われて、毎日雪、雪、雪らしいですね。テレビで豪雪のニュースを見るたび、清水さんがどう過ごされているか、心配しています。私が金沢に住んでいた頃も、あれほどの大雪はなかったような気がします。
そうそう、先日の手紙に書かれていた、いつの間にか相合い傘をしていた女の子。不思議な女の子ですね。そして、ちょっと図々しい。たしかに、私も小学校の頃にフルートを習っていました。母の従妹が音楽教室の講師になったので、私はお付き合いで入門させられたようなものです。母の従妹はピアノの講師なのに、母が私に選んだのはなぜかフルート。きっと母には、従妹への対抗意識があったのでしょう。それに、ピアノを習う子はたくさんいても、フルートを習う子は珍しいですから。家が裕福なわけではありません。母が見栄っ張りなのです。残念ながら、十七歳でフルートを止めました。止める時は両親と大げんかをしました。いまでもフルートは、私の喉に刺さった小骨みたいなものです。
清水さんと相合い傘をした女の子が私だったかというと、それはわかりません。記憶を照らし合わせていくと面白いことになりそうですが、それは止めておきましょう。下手に詮索するよりも、不思議は不思議なまま、そっとしておいたほうがいいと思いませんか。
すとん。の話にもどりましょう。
私のアパートからちょっと離れたところに円筒形のポストがあります。他のポストはみんな箱形なのに、どうしてそこだけ古い型が残っているのか理由はわかりません。とにかく私はそのポストが好きで、郵便物を出すときは、わざわざそこまで出かけます。
おかしいですか? でも、円筒形のポストってなんだか、実直で人の好い田舎のおじさんっぽいじゃないですか。ただそこに立ってるだけで、周りの空気まで温かくしてくれそうな。それに比べると箱形のポストは四角四面の公務員みたいで、あまり融通が利かなそうな顔つきです。いえ、あくまで私の偏見ですけど。
そうでした。すとん。の話でした。
ポストの投函口に手紙を差し込んで指を離すまでの間、ほんの少し、ためらうことはありませんか? 私の場合、ちょっと決断力が要ります。指を離したが最後、もう取り戻せない。時間とおんなじで、先へ先へと運ばれていくだけ。後悔したって手遅れです。いえ、そういつもいつも、重要な手紙を書いてるわけではありません。簡単な手紙でもそうなのです。投函口に手を入れて、ちょっと不安になりながら、指を離す。すとん、と音がして手紙がポストの中に落ちる。その軽い音が、なんだかポストの中の暗い空洞を思わせて、こちらの心までからっぽになるような。でも、その一瞬の、途方に暮れるような感覚が、私は好きなのです。
箱形のポストでは底が浅いからか、いい音は出ません。円筒形のポストだからこそ、深みのある音が出るのです。井戸と同じ反響をするのかもしれません。
ポストの音にこだわるなんて、やっぱり私、変かもしれません。
実を言うと、理由があります。それは、私がフルートを止めたことと関係あります。
中学時代から高校にかけて、私は他の町の男の子と文通をしていました。お付き合いというほどではありません。彼とはフルートの県大会の楽屋で知り合いました。フルートを吹く子供は少ないので、がんばれば誰でも県大会くらいには行けるのです。私はいつも県大会止まりでしたが、彼は全国大会常連の秀才でした。そんな彼がどうして私と文通を始めたかというと、きっかけは私のフルートにありました。
私はフルートのブランド品を持っていました。遠い遠い親戚に、現役を引退したフルート奏者がいたのです。かつてはオーケストラに所属していたプロです。その人が、このままでは宝の持ち腐れだからと、自分の高級なフルートを私にプレゼントして下さいました。けれど、私なんかが持ってたって宝の持ち腐れには違いありません。彼は、楽屋で私のフルートを見て飛びつきました。試しに吹かせてくれと頼むので貸してあげました。彼はとても気に入って、私のフルートでステージに上がり、みごと優勝しました。それから私と彼は、フルートを貸し借りする仲になりました。北陸大会でも、全国大会でも、彼は私のフルートで演奏したのです。
同時に、彼と文通を始めました。私の手紙はたわいないものでした。学校の出来事とか、家庭での悩みとか、映画や本の感想とか、その年頃の女の子が書きそうなことばかり。それに比べて彼の手紙は大人びてました。読書ひとつとっても、彼は中学生でトルストイの長い小説を読んでいたくらいですから。彼の手紙は刺激的でした。彼との文通は大きな喜びでした。手紙を投函する時の、すとん、という音を好きになったのはその頃からです。
彼にしてみれば文通は、私から都合良くフルートを借りるための、言ってみればサービスだったのかもしれません。私にしたって、彼と文通を続けるために、フルートを貸していたようなものです。
とにかく私は、彼から申し出があるたびフルートを小包にして郵送しました。フルートを時々彼に預けたほうが、メンテナンスを完璧にしてくれるので助かったのです。親には秘密でした。なにせ、二百万以上する総銀製の名品です。他人に貸すなんて反対するに決まってます。フルートを彼に貸している間は、初心者用の安いフルートでごまかしていました。親が知っていたのは、私が男の子と文通しているという、それだけでした。
アクシデントが起きたのは十七歳の夏でした。夏休みの一か月、彼がドイツに音楽留学することに決まりました。私は喜んでフルートを貸しました。彼の出世を応援する恋人気取り、といったところでしょうか。本当に嬉しかったのです。
けれど夏休みが終わり、彼が帰国してから、手紙がぷっつり途絶えました。フルートも返してもらえません。私は何度も催促の手紙を書きました。それでも返事はありませんでした。そろそろ秋の発表会が近づいて、名品のフルートがないことを親に隠しきれなくなりました。当然、親は激怒しました。彼のことを盗人呼ばわりするので私が反発すると、さらに怒りました。彼の親に連絡がいって、そこで初めて、彼が留学先で私のフルートをなくしたことが明らかになりました。状況からいって盗まれたのだと思います。フルートの紛失は仕方ありません。彼も被害者なのです。悩んでいたはずです。許せなかったのは、彼が私にずっと黙っていたことです。彼も困っていたのでしょうが、うやむやですませられる問題ではありません。十七歳なのです、なにをすべきかちゃんとわかっていたはずです。しょせんはお坊ちゃんだったのです。
互いの両親の間で弁償金の遣り取りがあり、決着はつきましたが、私はおさまりませんでした。彼に裏切られた思いで悔しくて、怒りと怨みと哀しみを便箋に延々とつづりました。封筒に入れるとかなりの厚みになりました。けれど、いざ郵便ポストに入れようとしたら、ためらいが強くなって、投函口に手を差し入れたまま、しばらく固まってしまいました。それでも、思い切って手を離すと、いつものすとん、ではない。ぼとん、というとても嫌な音がして、途端に後悔しました。あんな手紙は出すべきじゃなかったと、激しく自分を責めました。
郵便ポストの横にずっと立って、郵便屋さんが来るのを待ちました。郵便屋さんがポストを開けたら、手紙を返してもらおうと思ったのです。そのうち雨が降り出しました。そうです、こういう時に限っていつも雨が降り出すのです。ポストの横に回収の予定時刻は書いてあるのですが、そんなもの信用できませんでした。
一時間以上待って、やっと郵便屋さんがやって来て、ポストの扉を開けました。私は事情を話して手紙を返してくれるよう頼みましたが、規則でそれはできないと断られました。泣いて頼んでも無駄でした。郵便屋さんは郵便物を袋に詰めて去っていきました。
それきり、私はフルートを止めました。彼がいまどうしてるかは知りません。
思い出話を長々と書いてしまいました。すみません。清水さんの手紙を読んで、つい、フルートを習っていた頃が懐かしくなって。
清水さんが出会った女の子が私なのかどうかはわかりませんが、もしも雨の日に、ぬれねずみになって郵便ポストの横に立ち続けている十七くらいの女の子がいたら、それはきっと私です。どうかそっとしておいてください。
厳しい寒さはまだまだ続きそうです。雪道で転ばぬよう、風邪などひかぬよう、くれぐれもお気をつけください。
雨野より