2009/12/27
しおり【栞】
〔枝を折って道しるべとする意の雅語動詞「しをる」の連用形の名詞用法〕①そこを通ったという覚えのために、草木の枝を折り曲げて目印として置くこと。②読みかけの書物にしるしとしてはさむ紙など。
「人生は一冊の書物に似ている」と、どこかの詩人が言っていたけど、
どうやら僕は、書物にはなれない。そんな厚みのある生き方はできそうにない。書物どころか、ただの一行の言葉すら僕には残せる自信がない。
だからせめて、僕は一枚の栞(しおり)になろうと思う。みんながそれぞれ自分の書物を開くとき、ページの間からはらりと落ちてくる、うすっぺらな栞になろう。
それくらいは、許してくれるだろう?
はっきり言おうか。君はずるい。
確かにそうかもしれない。僕たちは生まれ落ちたとき、一冊の本だった。その本には世界のなにもかもが書かれていた。本当に、なにもかもだ。
それが、成長するにつれて次々にページを失っていく。記された文字も次第に擦り切れて読みづらくなり、なにが書かれていたかも忘れていく。
やがて知るんだ。年をとるに従ってページが増えていくなんて嘘だ。同じことを繰り返すだけの毎日をいくら積み重ねても本は厚くならない。それどころか、積み重ねれば積み重ねるほど薄くなる。最後にはぺらぺらの薄汚れた本になってしまう。それが僕たちの成熟の形なんだ。
けれど仕方ないじゃないか。そんな本でも大事に守っていくしかない。どんなにみすぼらしくても、どうしようもなくそれは自分自身なのだから。
誰でも同じだ。なのに君は本であることを捨てて栞になりたいと言う。
自己放棄のようだが違う。他人の本にひっそりはさまって姑息(こそく)に生き延びようとしているんだ。やっかいな異物として。
正直に言えよ。君は自殺したいんじゃないのか?
自殺は違う。笑わせるな。
「僕は死ぬ。誰も僕を愛さず、僕も誰ひとり愛さなかったからだ。僕は死ぬことで、君たちの人生に拭いがたい汚点を残していく」
憶えてるか。学生時代に観た映画のセリフ。主人公はこの直後にピストル自殺で果てるんだった。君はショックを受けて、背もたれに後頭部をぐりぐり押しつけてたっけ。
でも僕は主人公ほど甘ったれじゃない。少なくとも、他人の書物に汚い染みなんか残したくない。それは僕の流儀に反する。
僕はただ、できるだけ無意味でいたいだけだ。自分ではなにも語らず、でしゃばらず、しかし完全に消えるのではなく、存在だけはとどめておきたい。
君は信じるか? 本当にそれだけなんだ。
それこそ傲慢じゃないか。
誰の人生だって無意味だ。人生に意味があったのは百年も前の話だ。誰だって薄々気づいてる。生きるとはつまり、無意味さに耐えることだって。
間違えるな。無意味と無価値は違う。無意味にも「無意味」という意味はあるものだ。だからこそ僕たちは生きられるんだ。
君が言いたいのは、たとえば、こういうことじゃないか。
むやみに長くてつまらない本をだらだら読み続けて、ひと区切りつくたびに栞を差しはさむ。そんなことを繰り返してようやく読み終えたとき、その本に書かれたどんな言葉も頭に残らなかったのに、栞に書かれた一行の言葉は(それは偉人の名言かもしれなし、ちょっとした豆知識かもしれない)、何度も目にしていただけにいつの間にか憶えていた。
君がなりたいのは、そういう栞だろう。ひかえめなくせに、したたかな。
さて、君は栞に、どんな言葉を書くつもりだ?
言葉はいらない。白紙でいい。
でも君なら、白紙こそ饒舌だというかもしれない。
ある意味、君の言ったことは図星だ。図星を突かれたからには、もうこんなメールの遣り取りは止めよう。しょせん例え話だ。まるで時代遅れの若者が人生に悩んでいるみたいじゃないか。二人とも失業中の中年だというのに(笑)。どう足掻いたって僕たちは時代遅れの若者以上にはなれない。お互い、懐かしのフォーク世代だ。
実は一昨日、ある田舎町の小さな駅前本屋に入った。(そこが何処だかは伏せておく)。想像はつくと思うけど品揃えはひどいものだった。まるで、ひと昔前のベストセラー本の墓場を見るようだった。それでも、旅行の暇つぶしになるような小説を一冊抜いてレジに持っていったら、レジに座っていたお婆さんがやたら愛想良くて、
「これは孫娘が作ってくれたものです」と、お手製の栞を一枚、はさんでくれたんだ。
画用紙かなにかに千代紙を貼って、リボンを結わえている。なかなか可愛いものだ。お婆ちゃんの店の売り上げアップになればと願ったのかもしれない。小説はつまらなかったが、その栞を手にするのは楽しかった。そうして考えたんだ。
つまらない書物になるよりは、栞になるほうがましかもしれないって。
笑わないでくれよ。長旅は油断ならない。普段なら考えないことまで考えてしまう。
その栞を君に送る。明日、封筒に入れて投函しておく。旅行中に読んだ本は捨てていく主義だが、栞はとっておきたい。なくすと困るから君が当分預かってくれ。
明日から山に入る。頂上の風を吸い込めば気分も変わるだろう。
※
それが彼からの、最後のメールとなった。
天候も良かったし、初心者向けの低山での遭難であるため、当初は自殺かもしれないと臆測が飛んだ。確かに自殺する理由はいくつもあるが、どれも決定的ではない。それに、彼に自殺の意思がなかったことはメールの文章が証明している。登山の途中で彼が僕の携帯電話に残した留守電の声を聞いても、口調はいたって脳天気だ。(あいにく僕は再就職のための面接を受けている最中で、携帯電話の電源を切っていた)
僕は警察に説明した。「引き返す意思のない人間が道に枝折りなど残すものですか」
警察は首を傾げた。「一般の登山道を歩いているつもりだったら、枝折りの必要はないはずですが」
それももっともだ。僕は繰り返し留守電の録音を再生した。しかし何度聞いても、これから自殺する者の声には聞こえなかった。
「栞っていうのは、枝・折りとも書くらしいな。ほら、枝折り戸とかいうときに使うあの枝折りだ。もともとは、枝を折って道に置き、目印にすることを意味した言葉らしい。君は知ってたか? つまり一種の道しるべだ。いまから木の枝を折る。(ぽきん、という音)。いい音がした。聞こえたか? はじけるような音だ。山道を歩いているのは僕ひとりだ。おかしいな、ケーブルカーの駅は登山客でいっぱいだったのに。まあいい。山に来てまで行列を作りたくないし。いま、枝折りを置いた。こうしておけば、たとえ道を間違えたとしても、迷ったりはしない」
「おっ、まだつながるか。表示は圏外って出てたのに。電波ってのはなかなかしぶといんだな。君はなにをしてる、奇跡的につながってるのに。ああ、疲れた。いまひと休みしてる。ここらの山はすっかり葉が落ちて枯れ山ばかりだ。がらんどうで妙に明るい。太陽までからっぽに見える。どうやらこの道でよさそうだ。さっき、年寄りが追い越しざまに『やたらと枝を折るな』と叱りつけて行った。どこからか見ていたらしい。ふん、風流を知らん爺さんだ。それにしても変だな。さっきから人の声はするんだが、近づいてくるようでなかなか姿を見せない。声が反響して近くに聞こえるだけかもな。さ、僕は歩き出すよ。足は重いけど。ここにもひとつ、枝折りを置いていく。(ぱきっ、という音)」
三度目の留守電に声はなく、彼が落ち葉を踏む足音だけが入っていた。二分間、まったくそれだけで、彼がなんのために足音なんかを僕に聞かせたのかわからない。後でわかったことだが、彼が歩いたと思しき山道はとっくに圏外で、携帯電話がつながる場所ではなかったらしい。それも謎として残った。
僕はいまでも、寝つかれない夜などに携帯電話を耳に当て、録音された彼の足音を聴く。彼が送ってきた手製の栞を枕の下に敷いて。
さくさく、さくさく、落ち葉を踏む乾いた足音に、ぽきっと枯れ枝を踏み折る音が混じる。特に焦っている足音でもない。きつい坂道でもなさそうだ。なぜか、陽の当たる小径を思わせる足音だ。風の動きは木々の打ち振るざわめきでわかる。空の奥行きは山鳥のさえずる声で想像つく。空の色も、遠い山嶺の形も、僕の目には見える。枯れ枝が重なり合う先に白い雲が浮かんでいる。
二分間は、じっと耳を澄ませていると意外に長い時間だ。その二分の間に、彼は僕を先導していく。小枝が折れたように彼が横たわっていた、深山の懐に向かって。